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美術展

スーラ・シニャック…新印象派 点描のマジック

2014/10/4

 フランス国内がバカンスに沸く7月末、地中海に面する南部の町サン=トロペで1軒の別荘を訪ねた。

 「散らかっていてごめんなさい。2日前にパリから着いたばかりなの」。放り出された子供のオモチャを脇に寄せ、シャーロット・ヘルマンさんが家に招き入れてくれた。気さくな人柄は曽祖父譲りだろうか。彼女の曽祖父、シニャックは1892年に初めて立ち寄ったこの土地が気に入り、家を建てて移り住んできた。

 著名な美術史家でもあったシャーロットさんの母親は生前、シニャックについてこう語ったという。「調和と友情を大事にする平和主義者。ちょっと怒りっぽいところもあったけれど情熱家だった」。政治運動に積極的にかかわった年上の小説家エミール・ゾラを敬愛し、所有するヨットのうちのひとつを「マネ・ゾラ・ワーグナー号」と命名した。ゾラが軍部の横暴を糾弾し、逮捕された時も「いち早く嘆願書にサインしたそうです」とシャーロットさんは話す。

 話し好きでヨットを愛するスポーツマンのシニャック。一方、無二の親友であったスーラは、皮肉屋のドガに「公証人」とあだ名されるほど律義で几帳面(きちょうめん)な性格で知られた。まるで正反対の2人だが、ともに好んで描いた題材がある。「海景」だ。

 点描の考案者スーラが独自の細かい筆触に着手したのは1885年夏、ノルマンディー地方のひなびた漁村グランカン滞在時とされる。3年後には同じ海岸沿いにある小村ポール=アン=ベッサンで一夏を過ごす。グランカンでは11枚のパネル画と5点の大作、ポール=アン=ベッサンからは港や海をさまざまなアングルからとらえた6点の絵が完成したというから、スーラの心酔のほどがうかがえる。

 米国の研究者マイケル・ジマーマン氏は大著「スーラと彼の時代の美術理論」の中で「点描の誕生はグランカンの海景画にさかのぼれる」とその重要性を記す。内側からほのかな光を放つようにも見える点描の独特の画面は、光をきらきらと反射させる海面や湿り気を含んだ空気などと相性が良かったのかもしれない。事実、海景画は新印象派の絵の中でも高く評価され、批評家や愛好家に支持された。

 シャーロットさんによればシニャックは取っかえ引っかえ生涯で少なくとも30隻のヨットを所有し、レースで優勝するほどの腕前。国内外の港にスケッチに出かけ、海は最も身近な題材だった。さらに、海への関心には別の理由もあったと加藤准教授は推測する。「当時の社会状況や政治的な思想が背後にあったと考えられます」

□    ■

 1890年代のパリはアナーキズム(無政府主義)の嵐が吹き荒れた。シニャックやリュース、ピサロといった新印象派の画家たちも、国家権力や支配者層に対抗するその運動に共感を寄せる。広漠としていて中心のない海は「アナーキズムの思想に合っている」のだと加藤准教授は言う。

 市民の間では水浴や水療法が流行し、海辺という場所は「都市生活の『病』全般から自由である一種の理想郷」(「新印象派のプラグマティズム」)としてもとらえられるようになった。感性のおもむくままに水辺の印象を描いた印象派とは、その点が違う。シニャックら一部の新印象派の画家たちは、人間が自由を謳歌する平等な社会の理想像を海に重ねたと考えることもできそうだ。

 「新印象主義の成立当時の作品を前にするとき、われわれがまず感じるのはその古典主義的なたたずまいではないだろうか」(「世界の名画9 スーラと新印象派」中央公論)。美術評論家の宮川淳は点描画の「意義」をこう解説する。印象派が「明るい光線と色彩」を突き詰めた結果、絵画は明確なモチーフの形や構図を失う。いわばその反動のようにして、新印象派は科学的理論にもとづき点を配置する点描に行きついた。「光線と色彩のより精密なレアリスムを可能にすると同時に(中略)その規則正しさ、その規律によって(中略)セザンヌの整然と秩序づけられたタッチに近づくのである」(同)

 スーラの「ポーズする女たち」は、その古典主義の雰囲気を強く感じさせる大作だ。

 点描が細かすぎ、その仕事は無為。結果としてグレーのトーンになってしまった――。久々に見た同作を1897年12月28日の日記でこう批評したのは、ほかでもない盟友のシニャックである。「大きい色片のほうが色が美しく見える」。スーラの巧みな技と厳格さを「反面教師」とし、後年のシニャックはより大きく鮮やかな点をリズミカルに重ねていく。点描の新たな冒険が、後にマティスやドランの野獣派(フォーヴィスム)誕生を促すのである。

(文化部 窪田直子)



■「新印象派―光と色のドラマ」展
 新印象派の全貌を紹介する展覧会を2014年10月10日から大阪のあべのハルカス美術館で、2015年1月から東京都美術館で開催します。新印象派が探求した色彩表現の変化の軌跡を世界12カ国の美術館、個人コレクションから集めた約100点でたどります。
 この記事の作品では、シニャック「クリシーのガスタンク」「オンフルールの港口」、スーラ「ポール=アン=ベッサンの外港、満潮」、ドラン「コリウール港の小舟」をご覧いただけます。(スーラ「ポーズする女たち」は展示していません)
  ◇大阪・あべのハルカス美術館(大阪市阿倍野区・あべのハルカス16階)
   会期 10月10日(金)~2015年1月12日(月・祝)
  ◇東京・東京都美術館(東京都台東区上野公園)
   会期 2015年1月24日(土)~3月29日(日)
  公式サイト http://neo.exhn.jp/

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