1位「村上海賊の娘」 読書の秋にお薦めの歴史小説
読書の秋、この連休はお気に入りの1冊を手に、時空を旅する気分を味わってはいかがだろう。数ある小説のジャンルでも、人気のある「歴史小説」「時代小説」から現役作家の作品でお薦めを専門家に聞いた。
波打つ海に浮かぶ船と船の間を、弓矢やもり、火縄銃、ほうろく玉(爆弾)が飛び交い、海賊が躍動する――。現在の広島県と愛媛県の間の瀬戸内海の島々を拠点とする「村上海賊」の当主の家に生まれた勇猛な女性「景(きょう)」。彼女を主人公に、大活劇が繰り広げられる。織田信長による本願寺の一向宗門徒攻略戦の中で、現在の大阪湾に結集した海賊船同士の逆転に次ぐ逆転の合戦場面は思わず引き込まれる。
信長を除くと、一般に有名とは言えない登場人物が多い。だが主人公と仲間はもちろんのこと、敵側にいる海賊や武士の心情や立場も細かく描かれ、群像劇としても優れている。歴史ファンならずとも楽しめる。
合戦の大胆な描写の一方で、「信長公記」など多彩な史料を引用して海戦とその背景の大名たちの勢力情勢などを解説し、一見、荒唐無稽な物語に現実味をもたせた。(1)新潮社(2)上下各1728円
逆転に次ぐ逆転 合戦シーンに興奮!!
・「海戦を扱った小説は少なく、その代表となるだろう作品。女性の主人公はこびることも愛に溺れることもなく、容赦ない」(母袋幸代さん)
・「出てくる方言に驚いた。よく書き分けたと、感心した」(加来耕三さん)
室町幕府末期の将軍、足利義輝の活躍を描く。義輝は剣の達人とされた塚原卜伝の指導を受け、歴代の征夷大将軍の中でも最も武術に精通した人物だったという。初陣で敗戦の辛酸をなめ、その後に剣の奥義を究めようと修行に励み、畿内・阿波の国の戦国大名だった三好長慶と何度も戦を重ねた。
織田信長ら有力戦国大名の陰に隠れがちだからこそ、義輝の活躍は新鮮だ。彼の遺児を主人公に、本作のその後を描く小説「海王」も刊行されている。(1)徳間書店(2)上710円、中741円、下771円(新装版)
壮絶な生きざま 涙…そして涙
・「将軍でありつつ1人の剣豪として生きた足利義輝の壮烈な生きざまにただ感涙。最後の圧倒的な迫力に感動」(安本朋幸さん)
・「義輝が剣で研さんを重ね、将軍の風格を備えていく姿が爽快。躍動の戦闘シーンや情感あふれる人間ドラマなど読み応え抜群だ」(辰本清隆さん)
南部藩を脱藩して新撰組に加わった武士、吉村貫一郎が過酷な運命の中、妻子への愛と義に殉じていく姿を描く。いきなり主人公が切腹を決意する悲壮な場面から物語がひもとかれ、以降は幕末と後世に生き残った新撰組隊士ら関係者への聞き取り場面が交互にあらわれるという凝った構成だ。読み進めるうちに少しずつ、主人公の生きざまや抱いていた思いが浮き彫りになっていく。(1)文芸春秋(2)上下各724円(文庫版)
愛と義に生きた新撰組隊士
・「幕末に流れていた空気を、新撰組の群像を通して体感できる。主人公の家族を思う切ない生き方は現代人の共感も呼ぶのでは」(田河慶友さん)
江戸時代、九州の豊後を舞台にした時代小説。主人公の武士、戸田秋谷は無実の罪で10年後の切腹を決められて幽閉される。過酷な運命に負けず、命じられた家譜編さんを黙々と続ける。「蜩ノ記」は主人公が書く日記の名前で、懸命に生きるヒグラシに自らを重ねている。人はどう生きていくかという普遍的なテーマを問いかける。10月4日に映画公開。(1)祥伝社(2)741円(文庫版)
命の期限にどう向き合うべきか…
・「切腹を命じられつつもまっすぐに生きる主人公が胸を打つ。日本人の原風景だ」(倉田裕子さん)
鎌倉時代末期から南北朝時代、足利家の執事だった高師直(こうのもろなお)の活躍を描く。既存の価値観にとらわれず、粋な服装を好む「婆娑羅(ばさら)」としても名をはせた。冷めた目で敵を徹底的に排除していく野望に満ちた生き方がスリリングだ。(1)徳間書店(2)1782円
稀代の悪人、見参!
・「注目の歴史作家が、稀代(きだい)の悪人を新解釈で魅力的に描いた」(内田俊明さん)
敵城に至る道は4つあり、うち3つには伏兵が潜む。2つの道までは伏兵を見極め、残る道は2つ。無人の道を行ける可能性は本当に50%か――。謎めいた問いかけが主題を表す。明智光秀が主人公の戦国物語でありつつ数学の確率論を考えさせる。「新しい光秀像を見せてもらった」(三瓶ひとみさん)(1)KADOKAWA(2)1728円
江戸の町で、関西の上方料理に腕を振るう澪(みお)は天性の味覚とたゆまぬ努力で料理の道を進む。東西の食文化の違いも学べる。「江戸グルメ小説の傑作。ひたむきな主人公の姿に涙してしまう」(宇佐美亮祐さん)(1)角川春樹事務所(2)596~670円(文庫版、全10巻)
幕末、櫛(くし)職人の娘とその家族の喜びと苦難の歴史が展開される。「黒船来航、桜田門外の変、皇女和宮の降嫁といった幕末の動乱を背景に、職人を目指すヒロインや家族を描く」(渡辺淳子さん)(1)集英社(2)1728円
「松林図屏風」で有名な絵師、長谷川等伯は戦国の争乱や身近な者の死を乗り越え、「天下一の絵師になる」と大望を果たす。(1)日本経済新聞出版社(2)上下各1728円
「長篠の戦い」を新解釈で描く。武田信玄の死から、その子・勝頼と、対決する信長、秀吉、家康のそれぞれの立場での戦い。(1)KADOKAWA(2)1728円
表の見方 数値は選者の評価を点数換算した。書籍名、著者名。(1)出版社名(2)税込み価格(出版社の価格表示が税抜きの場合、1.08を乗じて小数点以下を四捨五入)
戦国時代、新機軸が続々
歴史小説は過去の時代を舞台に、その時代の様相を描こうとする小説をいう。時代小説は古い時代の事件や人物に題材をとった通俗小説をいう。史実にどのくらい忠実であるかという度合いで区分される。
設定によっては過去に例のない作品が次々と現れやすい分野でもある。今回はいま活躍している作家に限ったため、より趣の新しい作品がランキングに登場した。
調査では全部で98の作品が推された。主な舞台となる時代は、「江戸」(50%)と「戦国~安土桃山」(33%)が多い。昨年、何でもランキングで「日本史に夢中になれる本」で作家が存命中か否かにこだわらずお薦めを専門家に聞いた。その時に比べると戦国時代がおよそ2倍となった。
「江戸」はほぼ同じ割合だった。だが昨年は幕末が中心で全体の41%だったのに対し、今回はわずか8%だった。
八重洲ブックセンターの内田俊明さんは「戦国時代は題材が豊富。一方、幕末はテーマが限られ、良作はでるが点にすぎず線にならない」と最近の状況を読み解く。かつての作家が書きつくした感もある幕末では、新しいテーマを見いだすのも難しいのかもしれない。
だが過去の作家とはちがう視点で果敢に挑む作品はどんどん生まれている。目に留まった1冊から歴史に親しんでみてはいかがだろう。
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調査の方法 存命中の作家の歴史/時代小説で、歴史を学べる、テーマが斬新などの観点で専門家がお薦めを原則10作品、順位付けし選んだ。選者は以下の通り(敬称略、五十音順)
宇佐美亮祐(宝島社「この時代小説がすごい!」編集部)▽内田俊明(八重洲ブックセンター本店)▽加来耕三(歴史家・作家)▽倉田裕子(有隣堂店売事業部主任)▽三瓶ひとみ(丸善丸の内本店)▽田河慶友(「歴史読本」編集部)▽辰本清隆(PHP研究所「歴史街道」編集長)▽松本剛(リブロ新大阪店店長)▽母袋幸代(三省堂書店神保町本店課長)▽安本朋幸(TSUTAYA商品本部BOOKマーチャンダイザー)▽渡辺淳子(楽天ブックス)
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