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母の酢の物、豊かな普通 エッセイスト・平松洋子さん

食の履歴書

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NIKKEI STYLE

食と人との関わりを小気味よく温かな文章でつづる平松洋子さん(63)。20代でアジアの人々を取材し、食べ物は人格を育むものと確信した。簡素であっても作り手の思いとささやかな工夫が豊かな食の記憶として心身に刻まれる。自分にも、そんな原風景がある。

長年住むJR中央線、東京・西荻窪の街は新旧の店と住宅のモザイクが広がる。じゃがいもが足りなければ、なじみの青果店で1袋。「必要なものを必要なだけ買う。そんな暮らしが普通にできるのがここの魅力です」

すっきりした、簡素な生活がいいと話す。食もしかり。「毎日同じ食事でも構わないの。おいしいものを食べたいとか、あまり思わない」。好きな料理も、今は余計な手を加えず、季節の食材をシンプルに調理する。「新鮮な野菜を蒸すだけとか、切ってパッとゆでるだけとか」。縄文人みたい、とカラリと笑う。

日本全国、世界各地で多種多様な食に接し、著作は数十冊を数える。だが元来、食べ物への執着が強いわけではない。「食べ物よりも、それにまつわることにひかれる」。なぜそこにその食があるのか、なぜその食をその人が作るのか。そこに興味がある。

大学で社会学を専攻。卒業後はきっぱりと物書きの道を選んだ。当初のテーマは在日外国人の生活。取材で目の当たりにしたのは、自らのアイデンティティーを食べ物に求める人々の姿だ。

故郷の食材に似た材料を必死に探した、と台所で熱っぽく話す人。日本人と結婚した韓国の女性は「キムチがないと生きていけない」けれど、家族はキムチ嫌い。だからビニール袋に詰め込み、一人の時に食べる、と話してくれた。

ルーツを問わず、食の記憶を話すと、その人の本質が見えてくる。「食べ物って、人格とか、尊厳に関わるものなんだと知りました。衝撃でした」。人の生活と食文化の関わりに切り込もうと決心し、およそ25年間、韓国や中国、東南アジアなどのフィールドワークを重ねた。現地の食卓や店頭で、地元の人々に交じって食事をし、生活に根ざした食のあり方を読み解いた。

冷蔵庫もない地域では、その日採れたものを買い、食べるのが当たり前。家庭料理はどれも自然体だ。土地の素材、調理、味付けが心身を育む。ちょっとした知恵と工夫で一皿をよりおいしくする。「料理は嗜好品じゃない、ということをたたき込まれた」

簡素ではありながら、作り手の思いと工夫が込められた食の価値。そこに目が向いたのも、実は必然だったのかもしれない。記憶をたどれば、ごく普通の、そして豊かな食を巡る情景が思い浮かぶ。

 1歳から5歳まで、岡山県倉敷市の日本家屋で父の両親と暮らした。流しの前に立つ母と祖母の後ろ姿。かまどでまきが赤く燃える。土間の上がり口にぺたんと座り、大好きな本を読む幼い自分。それが台所の原風景だ。

高校教師の父が建てた新居では、妹も含め家族4人で堅実な生活を送った。運動会の巻きずし。冷蔵庫を開けると目に飛び込む自家製プリン。「母はすべて自分で作る人。料理が好きで、すごく上手」

食卓は四季の移ろいとともに更新されていく。思い出深いのは桃の節句などに2日がかりで作るちらしずしだ。かんぴょうを水でもどし、しいたけやホウレンソウ、ゆでたエビなどの具材がそれぞれ皿に盛られ、平松さんの勉強机まで占領した。

酢の物も母の得意料理。「あまり酢の味がたっていない、とてもおだやかな味」。キュウリにタコやおじゃこ、ミョウガとかを日替わりで合わせる。毎日食べても飽きない工夫。「そこには明らかに母の感情があった」。家族のために食卓を整える心遣いを、子供心に「ありがたい」と思った。その「感情」は自分も大切にしてきたつもりだ。

ちらしずしも、酢の物も、いまだに味を再現できない。記憶は鮮明にある。だから今も、食べながら「ああ、全然違うな、と思う。この溝は絶対埋まらないんだな、と」。それでいい、とも思う。「少し切なくて滑稽(こっけい)だけど、懐かしい味って、そうやって思い続けるものなんでしょうね」

しばらく前、娘に「おばあちゃんの料理で一番好きなのは何?」と聞いた。即座に「お酢の物」と返ってきた。「なんでもないけど、すごいおいしいよねって。酢の物の思い出なんて話したことはないのに」。思わず鳥肌が立った。何十年も隔てた味の記憶が,瞬く間にひとつにつながるイメージが目に浮かんだ。

【最後の晩餐】 煮えばなのおかゆ。すごい好きで、今も朝、時々作ります。生のお米からゆっくり時間をかけて。おかずはなくてもいい。一粒一粒が花開いたような、穏やかで吸い込まれそうな世界がおわんの中にある。それを一口ずつ、体の中に取り込んでいく実感がありますね。

タイの魂味わえる料理

平松さんが幾度となく訪れ、現地の味を知り尽くすタイ。「この店の料理にはタイの魂があるから」と、10年以上通うのが西荻窪の「ぷあん」((電)03・5346・1699)だ。調理を担当する広戸レノーさんの出身地、チェンマイの料理がメイン。土・日限定の麺料理、カオソイ(1050円)はまろやかなココナツミルクスープがカレーの風味と溶け合い、辛さは抑えめ。鶏肉は口の中でほどける柔らかさ。「初めてチェンマイで食べた時に感激した」おいしさがそのまま味わえる。

以前、同じ店で働いていた店長の亀川淳子さんとレノーさんが2003年に開いた。ぷあんはタイ語で「友達」の意味。互いに寄せる信頼感がこぢんまりした店の空気を和ませる。コロナ禍でも次々ひねり出す日替わりメニューも試してみたい。

(名出晃)

 ひらまつ・ようこ 1958年岡山県生まれ。東京女子大卒。食や生活文化、文芸をテーマに著書多数。2006年「買えない味」でBunkamuraドゥマゴ文学賞、12年「野蛮な読書」で講談社エッセイ賞。近著に「下着の捨てどき」(文芸春秋)。写真は西荻窪の小高商店にて。

[NIKKEIプラス1 2021年7月31日付]

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