2021/7/26

「お互いさまの気持ちを忘れないようにしよう」

木村さんは、ほっとした表情でこう付け加えた。傍らの後藤さんは、上司と同僚の励ましが心強かったという。

すんなり職場で受け入れられたものの、中堅社員の後藤さんが1カ月半職場を空ける間のカバーは簡単ではなかった。木村さんは、チームメンバー全員を集めて、仕事をどう分担するか協議する場を重ねた。「業務が増える」と呟く声もゼロではなかった。だが、木村さんは、「新しい仕事に挑戦する機会になるはずだ」と発想転換を促した。

全員で話し合いをしたことで、みな納得のいく形で分担することができたという。後藤さんが育休取得予定の半年前という早い時点で木村さんに申し出たことがプラスになった。

社内イベントで共有「キャリアにマイナスとならない」

大日本印刷には、ダイバーシティ推進のための活動もある。それぞれの事業部門の自主的な活動組織D&I(ダイバーシティ&インクリュージョン)推進グループが中心となり、ボトムアップで進めるところに特徴がある。その活動の大きな柱のひとつが、男性の育休取得の促進だ。

16年11月、木村さんは後藤さんと共に、事業部門のD&I推進グループが主催する「子育てする男性社員とそれを支援する上司に聞く!」というパネルディスカッションに登壇した。

事業部門15拠点を結んで中継されたイベントで木村さんが強調したのは、「男性の育休はキャリアにマイナスとならない。自分の知らなかった世界を知ることで大きく成長する」という点だ。旧来の性別役割分業から抜け出すことは、男性にとってキャリアにプラスになるというメッセージである。

総務部の労務担当で、2人は10年以上にわたり上司・部下の関係だ。仕事で築いた信頼関係も、男性育休を取る上で後押しとなったようだ※撮影時のみマスクを外していただきました

このような男性の育休取得によるプラス面を、「子育てする男性社員とそれを支援する上司」として、二人は折にふれて社内に発信している。

女性は子育て中心、男性は仕事中心、こうした根強い性別役割分業意識が、「男性が育休を取りにくい」職場の空気を醸成しているともいわれている。こうした意識は、組織や個々人に埋め込まれているだけに、対処が難しい。木村さんは、男女問わず貴重な人材に力を発揮してもらうためにセミナーや研修など、さまざまな刺激を通して、社内の固定観念を切り崩していく必要があると考えている。

男性の育休取得を促すための対話、3つのポイント
1)本人から申し出を受けた場合は、まずは第一声、意向を尊重する旨を伝える
2)男性が育休を取得する間のカバー体制について、「おたがいさま」の精神でチーム全員で前もって話し合う
3)男性が育休を取得することによるメリットを、実例を交えて社内に発信する

意識の変化を促すには、社外の人との議論が有効な場合もある。この2月、木村さんの所属する生活空間事業部は、5社ほどとの共催でセミナーを開いた。ダイバーシティ推進を手掛けるNPO法人J―Win(東京・千代田)の「オールド・ボーイズ・ネットワークとは?」という研究会に、自分たちの事業部から管理職が参加したのがきっかけだ。

高度成長期から最近に至るまで、日本企業では多数派である男性の間で組織独自の文化や慣習が非公式に伝えられてきたとされており、そうした男性中心の排他的なつながりが「オールド・ボーイズ・ネットワーク」と呼ばれている。このネットワークから、女性やマイノリティーは排除されてきたという問題意識で、講演や議論がなされた。「そういえば、(男性の多い)喫煙所や飲み会、ゴルフの場で物事が決まることもある」といった気づきにつながったという。

男性の育休取得を促すには、 日本企業にいまなお残る、男性中心の組織文化・慣習・働き方にさまざまな角度から揺さぶりをかける必要がある。そのためには、各職場で実情を踏まえたセミナーや研修を行い、ときには社外の人を交えたイベントを行い、倦(う)まず弛(たゆ)まず議論を続けていくことが必要なのだろう。

野村 浩子(のむら ひろこ)
 働く女性向け月刊誌「日経WOMAN」編集長、日本経済新聞社編集委員、淑徳大学教授などを経て、2020年4月東京家政学院大学特別招聘教授、東京都公立大学法人監事。著書に「女性リーダーが生まれるとき」(光文社新書)など。