会社特命「おせっかい役」傾聴で転職組やシニアも支援
多様なメンバーと働く 職場の対話術(2)
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第2回は、サントリーホールディングス(HD)で「おせっかいおじさん・おばさん」として活躍するシニア社員に注目する。彼らのコミュニケ―ションの心得を紹介しよう。
役職定年したシニア、業務の4割は相談対応
サントリーHD傘下の企業には、会社から正式に「おせっかい」の役割を仰せつかったシニア社員らがいる。正式名称は「TOO」。「隣のおせっかいおじさん・おばさん」という言葉をローマ字表記した際の頭文字に由来する。
一言で言えば、管理職も含めた「職場のみんなの相談相手」。グループ全体で全国約20人がこの業務を担当。支店長や部長などを経験した元役職者のシニアらが中心で、業務の4割ほどを社員からの相談対応に充てている。TOOに手を挙げる人は多いが、「人望が厚い」など条件が厳しいだけに、この肩書を手にするのは狭き門だ。
コミュニケーションの達人ともいえるTOOに、多様なメンバーと互いに気持ちよく働くための対話の極意を聞いた。「黒子なんだけど」と苦笑しながら、手の内を少し明かしてくれたのは、自動販売機向け飲料事業会社であるサントリービバレッジソリューション(東京・港)の首都圏支社で働く樫谷昌邦さん(63)と、サントリーフーズ(東京・港)首都圏支社の田籠宗敏さん(63)。
ベテランTOOの二人によると、まず心得るべきは「聞き役」に徹することだという。
かつてはリーダーとしてチームを引っ張り、人望も厚い面々が相談に応じるとあって、TOOのもとには、おのずと様々な情報が入ってくる。ただし、当然ながらTOOはライン管理職を尊重する。「前面に立って課題を解決しようとしたら組織は崩壊する」(田籠さん)。求められれば助言はするが、あくまでも表立って課題解決に動いたりはしない。
およそ相談ごとは、誰かに話を聴いてもらうだけで、気持ちの7割がたが収まるという。「『言いたかっただけやねん』という人が意外に多い」と樫谷さん。
「なんだ。話を聴く」だけか、と思う読者もいるかもしれない。だが、これは簡単なことではない。なにげないようでいて、多様な経験を積んだ元管理職らが「聞き役に徹する」ことは、難しい。2015年からTOOを務める樫谷さんも「傾聴?(今でも)苦手やな」と苦笑いする。TOO対象の研修で「聴くこと」の重要性を学んで、試行錯誤しながら実践しているという。
自らの判断交えず、聞き役に徹する
「心を落ち着けて自らの判断を交えずに、まずは相手の話を受けとめるのが『聴く』ということ」。こう説くのは、サントリーHDキャリアサポート室の山内明専任課長。山内さんは、アンガーマネジメントから16タイプの性格診断MBTIまで、TOOが身につけるべき知識スキルの研修を企画している。その中でも、最も重要なのが「傾聴力」のスキルだという。
多様なメンバーとの「対話」を成立させるためにも、その前段階として、しっかりと相手に意識を向けて、肯定的に受けとめる姿勢が大切だ。例えば、相手が「いまの仕事がつらい」と訴えたならば、「そうか、つらいと思っているんですね」とまずは受けとめる。しかし、シニアが経験豊富であればあるほど、「つらいなんて思わないほうがいい」「つらい仕事ほど、成長につながる」など自らの歩みを踏まえて伝えたくなってしまう。そこをぐっと抑える必要がある。
まずは相手の話を受けとめる、受容することで相手との関係を築く。関係性が構築できれば次のステップとして質問したり、「こういう見方はできないか」と自分なりの意見を述べたりしても、相手に受け入れてもらえる。相手の心の変容につながっていくのだ。
社内コミュケーションの達人としてTOOに選ばれた人でさえ、「まずは受けとめる」を実践すべく、マインドセットの転換を迫られる。そこを補うのは研修やトレーニング。いま、活躍しているTOOからは「(自分の判断や意見を言うのを)我慢できるようになった」「相手から遠慮なく話してもらえるようになった」といった声が聞かれる。
こうして相手をしっかり受けとめることから、「対話」が始まる。そこで重要なのは、どんな言葉がけをするか。TOOのメンバーは、否定的な言葉を使わず、肯定的な言葉で返す。「これを忘れちゃいけませんね」ではなく「これはずっと覚えておきましょう」、「あきらめてはいけません」ではなく「前を向きましょう」といった具合だ。常に肯定のフレーズに置き換えて返すのがポイントだという。
――サントリーHDのキャリアサポートが行う傾聴講座資料より抜粋
●否定的 ○肯定的
●「あきらめが悪い人」 ○「粘り強い人」
●「あとのことは心配するな」 ○「あとは任せて、安心して」
●「やる気あるのか」 ○「やる気を出そう」
中途採用組の「即戦力」プレッシャーも緩和
TOOに課せられた面談の対象者は、大きくは2層。新入社員や入社2年目の社員といった若手、もしくは社内の異動者や中途採用組の異動者である。田籠さんは、話を聴くうちに、各層の悩みや不安の共通項が見えてきたという。
まずは新入社員。いまどきの新入社員は入社早々、パワーポイントを駆使して素晴らしい資料をサっと作り上げてしまう人も珍しくない。ところが、当然ながら、その資料で掲げた目標などを即座に実践することはできない。そこで葛藤を抱えることになる。もう1つは、学生時代には「周囲が分からなくても自分だけは分かっている」といった「優秀さ」を発揮していたのが、入社した途端「周囲は分かっているのに自分だけ分からない」という状況に陥り、愕然(がくぜん)とするといった悩みや不安だ。
樫谷さんはこう言葉をかける。「入社早々、全く経験のない人がなんでも簡単にできてしまうなんてことはありませんよ」。そして、「分からないことがあって当然。何が分からないか、職場で発信していきましょう」と伝える。
一方、「キャリア採用」として中途採用された人にとっては、「即戦力」「経験者」という言葉がプレッシャーとしてのしかかる。そこでTOOは考える。「経験者といっても、うちの会社は経験してないからな」(樫谷さん)。相手がふっと肩の力を抜けるような言葉をかけるという。
TOOの役割は、あるときはメンター、またあるときはカウンセラー、コーチャー。もちろん、相談者がメンタルの面で深刻な状況にあると察知した場合は、本人の了解を得たうえで、社内の診療所やキャリアサポートの担当者らにつなげる。一方、中途入社組に支援が必要と思っても直接上長に進言はしない。むしろ会社に、中途採用者に対するコーチング制度を提案するなど、環境づくりに目を向ける。ライン管理職ら現場を尊重し、常に間接的な課題解決アプローチをとるのだ。
時には、大ベテランの樫谷さんでさえ、整理がつかないような相談が持ちかけられることもある。そうした際は他のTOOに相談したり、月1回の「TOO会議」で意見交換をしたりする。社歴40年以上の大ベテランでも、他者との対話なくしては、実りある「おせっかい」は続けられない。
1)自らの価値基準で判断せず、まずは相手の話を受けとめる「傾聴」の姿勢
2)同じこともプラスの言葉に置き換えて伝える工夫を
3)課題解決では黒子に徹する
上司は二回り下 自ら声かけ、ほどよい距離感
21年4月、70歳までの継続就業を企業の努力義務とする改正高年齢者雇用安定法が施行された。職場で活躍するシニアは増えているが、若手社員が思っている以上に、職場でのコミュニケーションを巡りシニアは悩みを抱えている。「つい成功体験を語ってしまう」「年下の上司を前にプライドを捨てられなくて」……。
だが、樫谷さんは「年下の上司なんて当たり前」ときっぱり。「僕は一回りどころか、二回りも下の課長のもとで働いている」と笑い飛ばす。その課長に対しては、「遠慮しないでなんでも言ってほしい」「こちらからも気づいたことを言うから」と折に触れて声をかけ、ほどよい距離感を保とうとしている。
実は、サントリーの全国TOO会議でも「シニア社員が訴えを聞いてもらえる場に飢えている」との課題が過去に持ち上がった。本来シニアはTOOによる面談の対象外だが、このときはシニア社員向けに集中的に実施。そこで浮き彫りになったのは、経験豊富な彼らであっても若手や中途入社組などと同じく、目配りが必要だということだ。
中には「この歳で初めてやらされた」という仕事にアップアップしている人も。最近はコロナ禍によるリモートワークの常態化で、仕事の進め方や意思疎通の仕方に戸惑いを覚えるシニア社員もいる。樫谷さんのもとには、時々、そんな彼らから「どういうことやねん」と電話がかかってくる。ただ、不満を一通り吐き出すとシニア社員も気持ちが収まるという。
もう1つ。シニア社員が気持ちよく働いて潜在力を発揮できるか否かは、管理職の腕次第でもある。20年夏、サントリービバレッジソリューションでは、あるシニア社員が定年退職をするにあたり、彼より若い職場の上長が「卒業講演」の機会を設けた。この講演を聞いた樫谷さんと田籠さんは、「若い人たちに伝えたい」と1時間に渡って熱弁をふるった定年退職者の言葉の数々に、涙があふれたという。
この例のように、上長がシニア社員に対する敬意の念を表明したり発信したりすることも大事だ。「シニア社員も若手社員も、互いにリスペクトする気持ちがあれば、ジェネレーションギャップなど大きな問題にはならない」と、樫谷さんは考えている。
働く女性向け月刊誌「日経WOMAN」編集長、日本経済新聞社編集委員、淑徳大学教授などを経て、2020年4月東京家政学院大学特別招聘教授、東京都公立大学法人監事。著書に「女性リーダーが生まれるとき」(光文社新書)など。
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