火星に「のぞみ」を送れ 前例ないスイングバイに活路宇宙航空研究開発機構(JAXA)元シニアフェロー 川口淳一郎氏(7)

火星探査機「のぞみ」では軌道設計で活躍した=JAXA提供
火星探査機「のぞみ」では軌道設計で活躍した=JAXA提供

エンジンの故障をはじめ数多くのトラブルに見舞われながら、困難を乗り越えて地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。宇宙航空研究開発機構(JAXA)でプロジェクトマネージャを務めた、元シニアフェローの川口淳一郎氏は、小惑星からサンプルを持ちかえる世界初の試みを成功に導いた。川口氏の「仕事人秘録」の第7回では、火星に向かった「のぞみ」のピンチを救った取り組みを振り返ります。

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日本初の本格的な惑星探査機「のぞみ」は、はやぶさ同様に多くのトラブルに見舞われた。

火星を目指すのぞみをM5ロケットで打ち上げたのは1998年。計画より2年遅れたため飛行の条件が悪くなり、火星に到達するにはロケットだけでは十分な速度が出ません。直接火星に向かうことを諦めて、月や地球を利用した3回のスイングバイで速度を補うことにしました。

ようやく火星に出発したはずでしたが、98年のクリスマスを前にした最後の地球スイングバイの時にトラブルが発生します。燃料バルブの故障で十分なロケット噴射ができず、火星に向かうために必要な速度に達しなかったのです。どうにかして火星にのぞみを送れないか。年末年始の2週間を考えぬきました。

すぐ火星に向かえる軌道をとるには燃料が足りません。長い時間をかければ到達できる軌道もありましたが、探査機の寿命に不安があります。その中間がないか考えた末、新たな軌道を思いつきました。地球と火星の間を3周しながら、その間に2回の地球スイングバイを加える前例のないものです。計算すると5年遅れですが到着できます。「やった」と思い、のぞみのプロジェクトマネージャだった鶴田浩一郎教授の研究室に駆け込みました。

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のぞみで知った「失敗」の重み
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