ひらめきブックレビュー

スペインサッカー指導改革に学ぶ 考え動く人の育て方 『教えないスキル』

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「○○しなさいって言ったでしょ!」――。小学生の息子に対する日ごろの発言を反省した。これでは、彼の「考える力」は育たないからだ。

自ら考えて動く人材を育てるには、「指導者が」教えるのではなく、「本人が」学ぶ環境を用意することが重要という。「教えずして伸ばす」人材育成術だ。これを、スペインのプロフットボール(日本でいうサッカー)チームの指導改革を軸にまとめたのが、本書『教えないスキル』。著者の佐伯夕利子氏は、2003年にスペインの男子フットボールリーグ3部で女性初の監督に就任。08年にビジャレアルCFと契約し、育成部でスペイン代表を育てるポストを担う。

■まずは指導者が変わること

「育成型クラブ」として知られ、20年には久保建英選手の期限付き移籍が日本でも注目されたビジャレアルCF。19年のスペイン代表には全クラブ最多の4選手を送り込んでいる。じつは、14年以降、専門家の指導のもと心理学の専門スタッフと共に指導改革を行ってきたという。理由の一つは、1万人中4人弱しかプロになれない過酷な競争の中、契約を切られた若い選手が自殺したり、安定的な収入を得られない選手の八百長問題が多かったりという欧州フットボール界の現実だ。選手の「人格形成」が必要という結論に至った。

第一歩は、指導者が変わることだった。コーチの姿に加え、コーチから見える選手を撮影し、彼らが指導をどう受け止めているのかビデオで確認。指導者同士で意見を出し合う。「シュート!」「見えなかったの? 左がフリーじゃない」――。これらの言葉に、選手に考えさせる意図はない。指導者がすでに出した「答え」を選手に押し付けたり、ダメ出しが多かったりする事実が見えてきた。

指導者らは、過去の指導法を否定するアンラーン、著者のいうところの「学び壊し」を進め、声のかけ方を変えた。「どうして右に出したの?」と問いかけ、選手の考えを聞いて判断を尊重する。選手が心地よい環境をつくり、自ら考えるよう導いたのだ。足元の技術より、考える癖をつけることが最優先。したがって、3歳児クラスさえ、つねに判断を伴う練習を行う。「今、パスしたけれど、どうして?」などの問いかけに、4~5歳になると自分なりに答えるという。

■指導者はファシリテーター

職場に応用できるメソッドもある。例えば、指導者は「学びの機会を創出するファシリテーター」とする考え方だ。従来、試合前には指導者が戦略を教え込んでいたが、より豊かな指導環境を目指し、選手同士が学び合う環境づくりに注力した。やがて、試合前のレクチャーは選手たちが意見を出し合って進めるようになり、コーチは会話のまとめ役になった。ビジネスで言えば、命じてやらせるより、部下が自らやるよう環境を整えるのが上司の仕事というわけだ。

本書からは、最新の人材育成術を実践的に学ぶことができる。まずは、息子への「○○しなさい」をぐっと堪え、「どうして××したの?」と問いかけることから始めてみたい。

今回の評者=前田真織
2020年から情報工場エディター。2008年以降、編集プロダクションにて書籍・雑誌・ウェブ媒体の文字コンテンツの企画・取材・執筆・編集に携わる。島根県浜田市出身。

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