重光の事業の特徴は、力のある先発メーカーが押さえていた市場を果敢に攻めた点です。チューインガム市場でライバルのハリスを押さえてナンバーワン・シェアをとったロッテは、未経験のチョコレートに参入を決めます。60年代初めのことで、すでに森永製菓、明治製菓(現明治ホールディングス)、不二家といった老舗が業界を支配していました。

チョコレートの王道ともいうべき板チョコに照準を定めたロッテは、本場スイスを超えるチョコレートの製造を目指すことになった。それはヨーロッパのチョコレート製造技術の伝統と水準をロッテに導入することであり、優秀な技術者を招聘することであった。結局1921年スイス生まれのマックス・ブラックを招聘し、浦和のチョコレート工場の建設が急ピッチに進められることになった。
こうして「本場スイス以上の品質を持ち、なおかつ日本人の味覚に合うミルクチョコレート」として登場することになったのが「ガーナミルクチョコレート」(1964年2月)である。
(第1章 ロッテ創業―業界トップへの道 31~32ページ)

品質重視は、次のステップとなったキャンディ事業でも同じでした。フランスからキャンディの専門家ジョルジュ・ボーダンが招かれ、ただなめるのではなく、食べるキャンディという新しいコンセプトで市場を開拓しました。

品質へのこだわりを、本書で引用されている『重光社長語録』から紹介します。「商品の鮮度管理を徹底せよ。半生商品は2週間で小売店に納入出来る体制を作れ」「お菓子は『美味(おい)しさ』が基本である」「優秀な営業力を持ち、強力な宣伝を行っても製品の品質が絶対的でなければ成功はしない」「他社製品との間に、絶対的な品質上の優位性を保持することが大事だ」という具合です。

韓国ではホテルや百貨店も

重光は母国・韓国への事業進出でも成功を収めました。手始めに67年に日本で成功した菓子事業に乗り出します。その3年後、重光は当時の朴正熙大統領からホテル事業への進出を勧められました。ホテルロッテを皮切りに、ロッテリアの展開、ロッテショッピングセンター(現ロッテ百貨店)の開店、プロ野球のロッテジャイアンツ設立と動きます。ロッテが韓国でも成功した理由の一つは、無借金を重視する経営手法にあります。

重光の率いるロッテは、1980年代からの韓国事業の急拡大によって財界序列15位ほどの中堅財閥にまで成長する。さらに1997年のIMF経済危機を境にロッテは10位以内に順位を上げる。ほとんどの韓国財閥が借金経営による非関連多角化を進めていた結果財務構造が非常に悪化しており、当時の30大財閥のうち半分以上の財閥が経営破綻し、グループ解体に至った。他方ロッテの財務構造は健全であり、ロッテはこの機会に優良企業の買収に出てグループの経営規模拡大に成功している。
借金依存の否定という理念に立脚した経営の結果、ロッテは負債比率76.3%を達成している(2000年)。その他の韓国財閥とは全く異なる健全な財務構造をもつロッテの存在は、韓国経済の中で異彩を放っていた。
(第4章 財閥と韓国経済 189ページ)
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