夫馬賢治氏

◆資本市場の強い要求

夫馬賢治氏

ESG(環境、社会、企業統治)とSDGsの話は、コロナ感染拡大の第1波が起きた2020年2月から5月にかけて日本ではパタっと消えた。しかし、世界はこの間も関心を持ち続けた。企業のガバナンスに影響を与える投資家の動きがあったからだ。米欧の主要な公的年金などの機関投資家からなる国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN)が3月に気候変動と人権を重要テーマに打ち出した。国連がESGに配慮する投資を求める「責任投資原則(PRI)」も同様の動きを見せた。その後、5月には低炭素社会の実現に向けて取り組む機関投資家イニシチアチブ「インベスター・アジェンダ(The Investor Agenda)」がメッセージを発信した。いずれも、4月のアメリカ企業の株主総会と、5、6月の日本企業の株主総会をにらんだ動きだった。日本企業が腰を上げはじめたのは、株主からのアプローチがあってから。投資家の動きに関するメディア報道も増えて、真剣な対応を迫られた。

2020年の後半には、日本でもSDGsが大きな潮流になった。特に気候変動への対策として脱炭素の動きが加速した。10月に菅首相の打ち出した「2050年のカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量を実質ゼロにすること)目標」が、日本の産業には決定打となった。影響は自動車や製鉄、化学など広範囲に及ぶ。特に重工業メーカーは初めて2050年という目標が定まったので、将来を起点に社会課題の解決策を探る「バックキャスト」のプロセスが回り始めた。

◆メガトレンドを見逃すな

問題はサステナブルという言葉を、大きな波(メガトレンド)として捉えているかどうかだ。コロナの前は、企業のブランディングに付け加える要素と捉える企業がほとんどだった。本業のプラスアルファという位置づけだったわけだ。日本企業は苦しくなってリストラをするときに、自分たちが優先度の低いと思っているものから削る。例えば、リーマン・ショックでは気候変動関連の事業が壊滅した。研究開発(R&D)でもバイオプラントが消え、リサイクルも消えた。イノベーションも進まず、2010年代前半は暗い時代だった。今回は海外からの強いメッセージが奏功した。

気候変動と並んで、人権も喫緊の課題だ。なぜかというと、コロナで影響を受けた人が弱い立場の人たちだから。脆弱なコミュニティーに属する人、もともと所得が低い人、途上国の市民など経済的に厳しかった人が、まずダメージを受けた。飲食業界をはじめ労働単価の高くない層が受けるダメージも大きい。途上国ではアパレルだ。発注が止まったことでパキスタン、バングラデシュ、ベトナム、カンボジアなどが特にきつかった。もちろん、大企業にとってもサプライチェーンを組んでいるから大問題だ。日本で潮目が変わったと思ったのは、ファーストリテイリングの動きだ。

私たちは5月ころ、アパレルに関するグローバル規模の調査を実施した。「仕掛かり品に対する支払いはどうしますか」「縫製工場の従業員に対する所得をどう考えますか」といった内容だ。ファーストリテイリングはアディダスなど欧米企業と同じタイミングで回答してきた。「仕掛かり品は全部払う」「当然、今の縫製工場の労働者を最大限保護するようお願いしている」「支払いを前倒しする」という答えだった。それを聞いて、日本にも波が来たと実感した。

◆人権とグローバル経済

投資家は、配当を減らしてもよいから雇用を守れというメッセージを出している。この変化を起こした決定打は、英国のEU離脱だと考える。分断を進めると資本主義は壊れる。欧米の投資家は資本主義によって世の中をよくしていけると信じている。長い目で見て、「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂)」が成長を支えるのだ。格差是正も経済を成長させる。コロナ禍が1~1年半の短期で終わるとすれば、むしろ、今、みんなで頑張って雇用を守るべきだ。中央銀行も流動性を供給し、金融機関は低金利融資で支える。長期的に回復の速度を上げていくというのが、コンセンサスになった。

わかりやすいのがいわゆる「コロナボンド」だ。「ソーシャルボンド(社会貢献債)」や「グリーンボンド(環境債)」とも共通する仕組みでが、自分たちが債券を発行して中小企業を支えていく。金融機関側にも「ほうって置くと社会は荒廃する。経済成長がとまり、むしろ、かなり危ない社会になる」という危機感がある。

カーボンニュートラルを目指すには設備投資をはじめ巨額の資金がかかる。経営者は切羽詰まっているが、気持ちは「オン」だ。逃げられないという感覚が強い。どうやるかについては頭を抱えているものの「言わなくちゃ」「やらなくちゃ」の状況だ。投資家が組織した排出量の多い世界の企業上位100社を公表する仕組み「クライメートアクション100+(プラス)」からプレッシャーがかかる。日本でも、トヨタ自動車、ENEOSホールディングス、日本製鉄をはじめ、大手企業に直接、要求が来る。日立製作所は中西宏明会長が対応している。米国から代表してカルパースが来る。「会いたい。話したい。いつまでにカーボンニュートラルやるんですか」とやられるわけだ。

日本企業もやらないと競争力が落ちていくし、輸出もできなくなる。この感覚が経営トップに醸成されているようだ。コロナは気候変動が起こしたという事実について、実は知っている人はよく知っている。気候変動を止めないことには第2のコロナ、第3のコロナが来るだろう。コロナを止めるためにも気候変動を避けるためのアクションは待ったなしだ。

(聞き手は日本経済新聞出版・雨宮百子)

『図解SDGs入門』(左)と『データでわかる 2030年 地球のすがた』
むらかみ・めぐむ
日本総合研究所創発戦略センターシニアマネジャー。京都大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)を経て2003年に日本総合研究所入社。ESG投資の支援やSDGs、こどもの参加論などが専門。著書に『少子化する世界』 (日経プレミアシリーズ)『SDGs入門』(共著、日経文庫)など。
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ふま・けんじ
ニューラル最高経営責任者(CEO)。サステナビリティ経営・SDGs投資アドバイザー。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。米ハーバード大学大学院リベラルアーツ(サステナビリティ専攻)修士。米サンダーバード・グローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部卒。環境省ESGファイナンス・アワードや国際会議での委員を歴任。著書に『ESG思考』(講談社+α新書)、『データでわかる 2030年 地球のすがた』(日経プレミアシリーズ)など

図解SDGs入門

著者 : 村上 芽
出版 : 日本経済新聞出版
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データでわかる 2030年 地球のすがた (日経プレミアシリーズ)

著者 : 夫馬 賢治
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 990 円(税込み)

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