ひらめきブックレビュー

見せ方変えて情報の価値UP キュレーションの技法 『拡張するキュレーション』

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「キュレーション」と聞くと、美術館や博物館の話と思う人も多いだろう。あるいは、インターネット上の「まとめサイト」をイメージする人もいるかもしれない。

本書『拡張するキュレーション』のテーマは、どちらにも関係している。というより、「情報の収集・分類、取捨選択、それによる新しい価値の提示」をキュレーションの本質と捉えているため、あらゆる情報の生産を視野に入れている。

人類学者・梅棹忠夫の提唱した「知的生産の技術」から始まり、北川フラムやバンクシー、ダークツーリズム、「原子力平和利用博覧会」などまで、国内外のキュレーション事例を紹介。情報を組み替え新たな価値を生み出すその技法を「価値を生み出す生き方」にまで応用しようというのが本書のねらいだ。

著者は、美術・デザイン評論において長年活躍する東京工科大学デザイン学部教授の暮沢剛巳氏。

■無名の作品に価値を与える

はじめに紹介されるのが「民芸」だ。「民衆的工芸」の略で、観賞用の工芸美術ではなく、民衆が日常生活で用いる工芸品や雑器のことをいう。提唱者の一人は柳宗悦(やなぎ・むねよし、1889~1961)で、柳の選んだ約1万7000点の民芸品が東京駒場の日本民藝館で展示されている。

陶磁、染色、木工や彫刻、家具など幅広く対象にしているが、普通で、安価で、無名の作者からなるといった特徴がある。もともと「下手物(げてもの)」と呼ばれていたそうだ。美術史家や骨董商が価値を認めていないモノに、民芸というジャンルを与え、人が鑑賞に訪れる価値を与えた点で、画期的なキュレーションの成果だと著者は説明する。

さらに、柳自らの価値判断で、主観的に収集が行われていた点にも注目だ。柳には西洋美術や少数民族への思い入れがあり、複雑な嗜好を持っていた。そんな独自の審美眼と価値基準で収集や取捨選択をすることで、既存のものとは異なる価値体系が生みだせたのだ。このやりかたを柳は「創作的な収集」と呼び、著者は「誰にでも可能」と説く。

■ダークツーリズムの可能性

身近な例では「旅行」もキュレーションのひとつ。予算や日程に応じて、目的地や移動手段を決めていく旅行前の計画は、情報の収集と取捨選択の繰り返しだ。

また、「ダークツーリズム」というものもある。事故や戦争などが起こった場所に人々が訪れることを指し、悲劇的な側面に観光資源としての価値を見いだすものだ。惨劇を隠ぺいするのではなくさらし、記憶や記録を風化させずに、そこから新しい知を引き出す意図がある。日本では、福島第一原発の跡地とその周辺を観光地化する「福島第一原発観光地化計画」が持ち上がっていることも、本書で言及されている。

百貨店の催事、企業のショールーム、高校や大学の説明会……キュレーションの技法は日常のさまざまなことに応用可能だ。情報を消費するだけでなく生み出したい人にこそ、手に取ってほしい一冊。

今回の評者=山田周平
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームの一員。埼玉県出身。早大卒。

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