あの日の0歳を20歳まで支援 被災酒蔵、未来へバトン酒蔵「一ノ蔵」復興の軌跡(下)

寄付の目録を手渡す一ノ蔵の鈴木整社長(左)
寄付の目録を手渡す一ノ蔵の鈴木整社長(左)

東北大手の酒造会社、一ノ蔵(宮城県大崎市)。2011年3月11日の東日本大震災では、本震でおよそ1万8000本の日本酒が破損し、社屋や工場の壁が崩れるなどの被害を受けたが、災害に備えた事業継続計画(BCP)の策定準備を進めていたおかげで、地震の11日後には出荷再開を果たした。しかし苦難は続いた。「自粛」による需要低迷や「応援」による品不足など、そのときどきで激変する事態をどう乗り切ったのか。鍵を握ったのは創業世代のリーダーシップだったという。

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21年2月17日、一ノ蔵は日本酒「3.11未来へつなぐバトン」の出荷を始めた。宮城県産米の純米酒で、毎年この時期に発売して売り上げの全額を「東日本大震災発生時に0歳だった赤ちゃんが、無事にハタチを迎えるその日まで」をコンセプトに被災地の子どもたちの支援を続ける公益社団法人ハタチ基金(東京・杉並)に寄付している。今回で10回目を迎え、これまでの寄付額は計6000万円を超えたという。

きっかけは大きな被害に遭った石巻市から通う社員から「沿岸部の子どもたちは勉強どころではない、大変な状況になっている」と知らされたこと。募金を続けて5年目の16年夏には、石巻市に隣接する女川町へ全社員で視察に出かけた。「仮設住宅で一生懸命勉強している中学生に『えらいね』と声をかけたら、『勉強して絶対に東京の大学に入りたい』と答えたのです。東京からボランティアで来ていた大学生に勉強を教えてもらい、話を聞いて憧れた――。そうしたつながりを支援したいと思いました」と鈴木社長は語る。

震災から約3週間後の11年3月29日、東京都の石原慎太郎知事(当時)が記者会見で、「花見じゃないんだよ。今ごろね」と語り、花見などの自粛を呼びかけた。「同胞の痛みを分かち合うことで初めて連帯感ができてくる」とも述べ、日本全体が自粛ムードに包まれ始めた。

「自粛を自粛して」の悲鳴

震災で在庫や生産設備などに被害を受けた一ノ蔵は、BCPの考えに基づき、企業としての最優先事項と位置づける「顧客への出荷」を遂行しようと懸命だった。震災から11日後、電力が復旧して4日後の3月22日には出荷を再開。その異例の早さは業界や世間の注目を集めた。

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復興・応援需要で突然の品薄
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