「1合の純米酒を造るには、玄米も同じく1合が必要になります。一ノ蔵が1年に必要とする酒米の量は約1800トン。現在の宮城県大崎市の一部、旧松山町の田んぼ全部から収穫していたコメの全量に匹敵します」と鈴木社長は説明する。それが確保できないとなれば、全国の顧客に出荷することも難しくなる。12月の需要期には出荷制限をかけるおそれが生じていた。

阪神で被災の同業「復興景気に浮かれるな」

実際、年末に向けて出荷を調整した結果、大手居酒屋チェーンではメニューから一ノ蔵の名前が消えてしまったという。全国へ「おわび行脚」に出向いて頭を下げる日々が続いた。それでも「震災後、すぐにメールをくれた北九州のお得意先に『すみません、出荷量が減ります』と謝ったら、『気にしないで、がんばってね』と温かく出迎えてくれて。本当に涙が出ました」(鈴木社長)。

復興補助金や助成金の交付が始まり、設備投資を増やすという選択肢もあった。しかし、「神戸の蔵元を訪問したときに『復興景気に浮かれるなよ』との助言をいただいたんです。阪神大震災の際も復興補助金が交付され、蔵元だけでなく小売店なども相次ぎ店舗をリフォームしたり建て替えたりしたそうです。しかし、補助金以外にも設備投資のために借り入れを増やした結果、返済に苦しむところも多かったといいます。そういう話を聞いたことで、今ある設備で工夫することに専念しました」と鈴木社長は振り返る。

一ノ蔵は4つの酒蔵が合同して創業した(宮城県大崎市の本社)

一ノ蔵は1973年に、宮城県内の4つの酒蔵が合同して創業した。その後は、4つの創業家が株式を均等に持ち合い、社長も一定の期間ごとに交代して経営を進めてきた。会社の意思決定は4家の合議制で決めてきた。

震災のあった11年には、鈴木社長の父の世代としては最後となる桜井武寛氏が会長として社業全般を見ていた。73年の創業当時から一ノ蔵を率いてきた世代であり、震災時は宮城県酒造組合の会長も務めていた。

創業世代のリーダーシップ

鈴木社長は「合議制とはいえ、桜井社長のような最初の世代が残っていて、震災のときにリーダーシップを発揮していただけたのは幸いでした。酒造組合会長としても多忙だったので、当社にだけ関わるわけにはいきませんでしたが、BCP策定にしても他の復興に関しても、すぐに決断していただいたのは大きかった」と振り返る。

震災から10年、一ノ蔵の創業4家の第2世代が、それぞれバトンを引き継いで現在を迎えている。被災した子どもたちを支援するのも、鈴木社長は「東北がんばれ、復興がんばれという思いをバトンのように伝える『ご恩送り』だと思っています」と話した。

(ライター 三河主門)

管理職・ミドル世代の転職なら――「エグゼクティブ転職」

5分でわかる「エグゼクティブ力」
いま、あなたの市場価値は?

>> 診断を受けてみる(無料)

「エグゼクティブ転職」は、日本経済新聞社グループが運営する 次世代リーダーの転職支援サイトです

NIKKEI 日経HR


ビジネス書などの書評を紹介
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら