検証の過程で浮上した最大のリスクが原酒タンクだった。もし被災して原酒が流失すれば商品出荷は不可能となる。このため10年末、タンクが並ぶコンクリートの土台を免震構造としたうえで、転倒を避けるためにタンクを連結する対策をとった。「これが辛くも最悪の事態から当社を救ってくれました」と鈴木社長は振り返る。

11年の年が明けたころには、原酒タンクの転倒防止対策が完了した。費用は数百万円ほどだったという。

震災から11日で出荷を再開

東日本大震災では、商品が割れたり、建屋の一部が破損したりするなどした。被災後は従業員総出で片付けにあたり、7日後の3月18日に電気が復旧すると、酒造りにも使う井戸水をポンプでくみ上げ、ようやく工場内を清掃することができた。ポンプでくみ上げた水は給水車に供給、生活水に困っている地元の被災者にも提供した。

「水が確保できると、ようやく『なんとかなるかも』という気になれました。片付けを進める一方で、壊れたボイラーもなんとか修理でき、18日にはボイラーで沸かしたお湯で瓶を洗浄し、清酒の注入を再開しました」と、鈴木社長は復旧の日々を語る。

なんとか出荷の準備が整ったのは3月22日のことだった。割れた瓶がうずたかく積まれたままの工場から、一升瓶を積み込んだトラックが首都圏へ向けて出発した。「出発のときには社員みんなでトラックを囲み、感謝の気持ちから皆、自然と頭を下げていました」(鈴木社長)。宮城県内では最も早く出荷を再開した酒蔵のひとつとなった。

「最優先目標は実現できたと思う」と話す一ノ蔵の鈴木整社長

「お待たせしたことをお客様におわびすると、『無理しないで』と温かい言葉をいただきましたし、『え、もう出荷できるの』と驚かれもしました。まだまだ酒造りを再開するまでには至っていませんでしたが、『顧客のために出荷を優先する』という最優先目標は実現できたと思います」と鈴木社長は自負する。

出荷を再開して2週間あまりの4月7日。一ノ蔵が本社を置く大崎市は震度6弱の余震に襲われた。またしても一升瓶で4000本近くが割れる被害が出た。それでも、余震後に割れた瓶を片付ける際には「割れた瓶を緑と茶色など色ごとに自然に分けはじめたんです。『もう慣れてきたね』とみんなで笑いあうほどでした」(鈴木社長)。くじけず奮闘したかいもあって、一ノ蔵は4月18日に仕込みを再開することができた。

実際に被災した経験を踏まえて、一ノ蔵がBCPの原案を完成させたのは11年8月のことだった。

(ライター 三河主門)

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