震災11日後に出荷再開 被災酒蔵支えた「備えよ常に」酒蔵「一ノ蔵」復興の軌跡(上)

東日本大震災から11日後、一ノ蔵は被災後初出荷にこぎ着けた
東日本大震災から11日後、一ノ蔵は被災後初出荷にこぎ着けた

2011年3月11日の東日本大震災から10年。被災地では地震や津波による被害で事業の継続が難しくなった企業も少なくない。東北大手の酒造会社、一ノ蔵(宮城県大崎市、鈴木整社長)も2万本あまりの日本酒を失うなどの被害を受けた。しかし、地震から11日後には出荷を再開、早期復旧をなし遂げた。その秘密は「万が一」に備えた計画づくりにあった。

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21年2月13日午後11時過ぎ、福島県沖を震源にした最大震度6強の地震が発生した。10年前以来の大きな地震に驚き、震災の記憶を思い起こした人も少なくなかった。

日本三景のひとつ、宮城県の松島から北へ15キロメートルほどの内陸部、同県大崎市にある一ノ蔵の本社も震度5強の揺れに襲われた。夜勤にあたっていた従業員らは作業を一時中断、揺れが収まるとすぐさま工場の設備や倉庫などを確認してまわった。被害や負傷者もなく、安全に作業を続けられることがわかると、皆が速やかに持ち場に戻った。

一連の動きは事業継続計画(BCP)の考えに基づくもの。一ノ蔵では「顧客への出荷」を最優先事項として位置付け、さまざまな対応策やその手順が社内で徹底している。

「東日本大震災に襲われたのは、会社としてBCPを策定しようとしていた矢先のことでした。大きな被害に遭ったなかで、毎日のように役員が集まって会議を開き、BCPに何が求められるのかを考えることができた。これは大きな経験だったと思います」。震災当時、常務として復旧に奔走した鈴木社長はこう振り返る。

被災体験を基につくり上げたBCPにはその後も磨きをかけた。15年にインフルエンザが流行した際には感染症への対策も拡充。感染拡大を防ぐ対策を講じながら生産や出荷を止めないマニュアルを整えていたおかげで、新型コロナウイルス感染症にも慌てることはなかったという。

「すぐに帰宅」の指示ためらう

東日本大震災では、大崎市は震度6強の甚大な揺れに遭った。内陸に位置するため、津波による直接の被害はなかったが、沿岸部に住む従業員も少なくなかった。得意先の酒販店も沿岸部に多く、営業活動に出かけていた社員もいた。

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