専門家の話を聞かない人々

ここでは10の講義の中から2コマをピックアップして、その様子を見学してみましょう。まず、レッスン4「人々は専門家の声を聞け、専門家は人々の声を聞け」から引きます。日本のコロナ対策では「専門家会議」が大きな役割を果たしています。政府も地方自治体も、緊急事態宣言の発出や休業要請、医療体制の強化など重要な事柄を決めるときには、専門家の見解を尊重しています。ただ、どこまで専門家に従うかについては、立場が政治家であれ、一個人であれ、さまざまです。目を世界に転じると、専門家とそれ以外の人たちとの間に「高い壁」あるいは「大きなギャップ」が存在すると本書は指摘します。

とはいえ、少なからぬ人々が新型コロナウイルスに関する専門家のアドバイスを聞こうとしなかった根幹的理由は、科学の複雑さや初期段階のデータの少なさとは、もしかしたらあまり関係がなかったのかもしれない。相手がどれだけ高度な資格を有していようと、自分自身の健康にかかわることであろうと、とにかく専門家は信頼しないという層が存在するのだ。ドナルド・トランプが非常事態宣言をした一週間後に、三人の政治学者が代表的なアメリカ人グループに調査をして、危機が起こってからの行動を調べた。その結果は衝撃的だ。手を洗っていたか、他人との接触を避けていたか、自主隔離はしたか……そうした行動を決定づけていた条件は、居住地でもなければ年齢でもなく、支持政党だったのだ。「共和党支持者は、民主党支持者と比べて、CDC(米疾病対策センター=編集注)が推奨する行動に従わない傾向があった。パンデミックに対する懸念も小さかった」と、論文は結論づけている。「測定した指標の中で、回答者の党派性が、他のどの指標よりも歴然と回答者の行動、態度、優先順位と結びついていた」。それ以降にも多くの研究が行われ、いずれも同じ結論が出た。携帯電話やデビットカードのデータ解析により、ドナルド・トランプを支持した郡に住むと特定された回答者は、ヒラリー・クリントンを支持した地域の居住者と比べて、外出自粛をしない傾向があった。
(LESSON4 人々は専門家の声を聞け、専門家は人々の声を聞け 119~120ページ)

アメリカは世界で最多の感染者を出しています。経済大国であり、かつ社会インフラや医療サービスが整ったアメリカがなぜ、パンデミックにとても弱いのか。この問題を考えるヒントを、上記のエピソードは与えてくれます。

大都市は消えるか

リモートワークの普及で、日本では、地方活性化への期待が高まっています。休暇・旅行と仕事を組み合わせるワーケーションへの関心も盛り上がりつつあります。「都市化に歯止めはかかるのか」をテーマにしたレッスンを紹介します。ここで著者は、過去にパンデミック、戦争、災害などで壊滅的な打撃を受けた大都市の歴史的な変遷を検証します。そして、破壊を克服して復活する都市は多く存在し、惨事の前よりむしろ大きな規模に成長するケースが多いことを示していきます。日本でも関東大震災や東京大空襲で甚大な被害を受けた東京が、戦後は経済でも人口でも日本でほぼ一人勝ちの状態を続けています。

「密を避けなければならない」という今回の状況は、大都市のあり方にこれまでと違う影響をもたらすのでしょうか。都市はいよいよ、衰退するのでしょうか。「都市は衰退を避けられないと語る人々は、その根拠として、Zoomなどの在宅勤務を可能にするツールの台頭を挙げる。しかし、リモートワークは素晴らしい仕事の手段ではあるものの、実際の人と人との交流の代用物として不完全であることは、歴然と明らかになるばかりだ」と著者は指摘します。

すでに関係のできている社員同士なら、オンラインでもコミュニケーションはとれますが、新入社員などと信頼関係を築き、チームワークを行うことは困難でしょう。リモート環境では生産性向上やイノベーションにつながる雑談や偶然の出合いは期待できません。また、動画だけで教育を行っていて、生徒の集中力を維持できるのでしょうか。教育の根幹である「人を知る」ということも難しいでしょう。著者は、このテーマを考えるための材料を、アリストテレスの思想に求めます。

人間が都市を作り、都市が人間を作る――それは一枚のコインの裏表だ。災厄に見舞われてさえ、都市が成長し持続する理由は、私たちの多くが都市への参加と、そこで生じる協力や競争に、否応もなく引きつけられるからだ。仕事を望む場合でも、仲間を望む場合でも、娯楽、文化、それらすべてを一度に望む場合でも、さまざまな理由で都市生活を選ぶ必然性がある。だが、そうした外向的な理由の根底に、人と人との交流に対する深い希求がある。この深く根ざした配線が、新型コロナウイルスによってショートするとは考えられない。むしろ、ロックダウンによる孤立体験が正反対の効果を発揮し、シンプルながら深遠な気づきを思い出させるだろう――私たちは、本質として、社会的動物なのだ。
アリストテレスは、かくも慧眼の持ち主だった。
(LESSON6 アリストテレスの慧眼 197~198ページ)
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