ひらめきブックレビュー

正解のない問題を解く 宇宙飛行士選抜テストの舞台裏 『宇宙飛行士選抜試験』

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「宇宙飛行士」には特別な響きがある。人類の夢を背負い、未知の領域に挑むことへの尊敬の念があるからかもしれない。そんな宇宙飛行士の募集が、今年(2021年)の秋に始まる。JAXA(宇宙航空研究開発機構)による宇宙飛行士選抜試験は、じつに13年ぶりだ。

本書『宇宙飛行士選抜試験』は、08年に行われた前回の選抜試験でファイナリスト10名に残った宇宙エンジニアの内山崇氏が、知られざる舞台裏を明かしたもの。実際の試験や面接の内容、受験生らの素顔のほか、厳しい選抜にどう準備し対応していったのかを、自らの失敗談も含めてつづっている。夢が破れ、大きな喪失感を抱えたあとの葛藤も赤裸々に語られる。

著者は、JAXAで宇宙船「こうのとり」フライトディレクタとして、2009年初号機から2020年の最終9号機まで関わった人物。現在は新型宇宙船の開発に携わっている。

■不測の局面で試される

選抜試験は書類選考から始まり、10カ月ほどかけて第1、第2、第3次まで進む。ファイナリストだから語れる、最終選抜試験の中身はとくに興味深い。

10名が隔離エリアで1週間寝泊まりする。課題は大きく分けると「個人で取り組むもの」「10人全員で取り組むもの」「2チームに分けて競うもの」の3つだ。2チームに分かれた時は、レゴのマインドストームというキットを使って、宇宙飛行士のストレスを和らげるロボットを作るという課題が与えられたという。作業時間は1日3時間で4日間、計12時間と定められていた。著者らは「ペット」をイメージし、犬型ロボットの製作にかかる。

エンジニア寄りのメンバーの専門性を生かし、チームの作業は順調だった。しかし、途中で「外部の専門家に英語でプレゼンを行い、レビューを受け修正せよ」という追加指示を受ける。スケジュールは乱れ、一転、窮地に。チームワークを発揮しながら最善を尽くすが、最終的な評価では相手チームに敗北してしまう。

このように急な予定変更など、不確実性が盛り込まれるのが最終試験の特徴のようだ。結果だけではなく途中の想定外に対する反応や姿勢が、選抜に影響することがうかがえる。

■「正解なき」チャレンジ

著者はこの最終選抜で落選。落ちた理由ははっきりとは分からない。合格者をたたえる気持ちはあるものの、喪失感は思いのほか大きく、消化するのに長い時間がかかったという。だが、こうのとりの仕事に打ち込み、難しいミッションを次々と成功させた。そうするうち、「宇宙飛行士になりたい」という夢の本質は「日本の宇宙開発を前に進めたい」との思いであったことに気づいていく。

何を達成すべきか、どうふるまえばよかったのか。選抜試験はまさに「正解なき」チャレンジだと言えるだろう。その中でもがき、夢破れた後も「夢の実現方法を変えるんだ!」との境地にたどりつく著者の姿は、読む者の胸を熱くする。正解なき今の時代を生き抜くパワーがもらえる一冊だ。

今回の評者 = 倉澤順兵
情報工場エディター。大手製造業を対象とした勉強会のプロデューサーとして働く傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。東京都出身。早大卒。

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