ひらめきブックレビュー

ネット技術は格差を広げる 巨大企業しか勝てない理由 『デジタルエコノミーの罠』

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トランプ前米大統領はツイッターをよく使っていた。ひと言で米国内の分断を引き起こしたのはつい先日のことだ。大統領であれば他の方法もあるだろうに、なぜ彼はツイッターを選んでいたのか。その謎を解くカギはおそらく「粘着性」にある。

本書『デジタルエコノミーの罠』(山形浩生訳)によれば、人が強い関心を持つWebメディアを「粘着性が高い」という。粘着性とは、利用者を引きつけ、長く滞在させ、繰り返し訪問させる特徴のこと。これを高めるために、グーグルやフェイスブックといった巨大企業は、すさまじい額の投資を行っているそうだ。

本書は、こうした問題を皮切りに、インターネットの「虚像」を指摘していく。自由で民主的だと思われていたインターネットが実は「不平等」な競争に陥っていることを、経済理論や実証データ、シミュレーションを用いて検証している。著者のマシュー・ハインドマン氏は、ジョージ・ワシントン大学メディア公共問題学校准教授を務める人物。

■0.5秒を待ってられない

粘着性を高めるうえで最も重要なのは「表示時間」だ。初期のグーグルが行った実験によると、たった0.5秒待ち時間が長くなるだけでグーグル検索を利用する人は激減する。このため、グーグルはミリ秒単位でサイトの表示時間を早める投資を行ってきたことを本書は明かしている。例えば2003~13年までに、同社が研究開発・設備施設にかけた金額は596億ドル。なんと米国が原爆製造に使った金額の3倍だという。

他にも、「推薦システム」(リコメンデーション)が粘着性を高めることが分かっている。米動画配信のネットフリックスが公開コンペで自社の推薦アルゴリズムを改善したり、Web最大級のニュースサイトであるグーグルニュースが技術インフラに大きく投資するのは、推薦システムの重要性を理解しているからに他ならない。

著者が強調するのは、より多くの資本をもつ者が、粘着性を高められるということだ。しかも他よりわずかに優位であるだけで、そのサイトへのアクセス集中は圧倒的になっていく。

■地方ニュースの未来は

本来、インターネットは、「ビッグの終焉」、つまり、大手メディアや大企業だけでなく、個人がWebサイトを持ち、同等の影響力を持てるようになるはずだった。だが、現実は不平等だ。これを頭に入れたうえで、少ない資本で大企業のように情報を発信できる仕組みが、インターネットの自由を守る上でも、民主主義を維持する上でも必要だと著者は説く。

本書の後半では、米国のオンライン地方ニュースの衰退ぶりを取り上げて今後の方向性を示してゆく。例えばある地方ニュースが、モニター5540人中、8人しか1カ月で訪れていないことが調査で判明したが、これは極端な事例ではない。そこで、表示時間の向上はもちろん、注目される見出しとリード文の作成に力を入れるなど対策も提案している。

インターネットが大資本に有利になってしまった今、どうすれば小さな声を広げられるのか。改めて考えることは、ネット上で新しいビジネスやサービスを提供する上で、きっと役に立つだろう。

今回の評者=高野裕一
情報工場エディター。医療機器メーカーで長期戦略立案に携わる傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。長野県出身。信州大学卒。

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