ひらめきブックレビュー

スマホは脳を弱くする 連続クリックで衰える集中力 『スマホ脳』

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1歳半の息子にiPadでユーチューブを見せたところ、瞬く間にとりことなった。取り上げようものなら泣き叫び、のたうち回って抵抗する。スティーブ・ジョブズは、子どもがiPadを使う時間を厳しく制限していたという。ビル・ゲイツも子どもが14歳になるまでスマホを持たせなかったそうだ。スマホやタブレット端末の利便性は疑いようもないが、いかなる弊害をもたらすものか、私たちは認識できているのだろうか。

本書『スマホ脳』(久山葉子訳)は、デジタル機器が私たちに与える影響を、脳科学×「人間の進化」というユニークな切り口で解説したもの。集中力や共感力、学力の低下から心の病まで、スマホの過度な使用がもたらす負の影響とそのメカニズムを読み解き、対処法も教えてくれる。著者は、スウェーデン出身の精神科医アンデシュ・ハンセン氏。運動と脳機能の関係を説明した前著『一流の頭脳』は世界的ベストセラーになっている。

■人間の脳は新しいもの好き

著者の第1の主張は、そもそも人間の脳は狩猟採集民の時代から変わっておらず、デジタル化した世界に適応できていないということだ。その「ミスマッチ」が、様々な問題を引き起こしている。

ドーパミンを例にあげよう。ドーパミンは報酬物質とも呼ばれ、新しい情報や環境、食べ物を見たときなどに放出され、それに集中するように促す。進化の観点から考えると、人間にとって情報収集は重要だ。果物や新鮮な水がどこにあるかといった情報を得られるほど、生き延びる可能性が高まる。

スマホを開いてメールやニュースなど新しい情報に触れるたびに、このドーパミンが放出される。しかも報酬システムは未知のものに反応するから、今見ているページより「次のページ」への期待感で頭がいっぱいになるのだそうだ。生き残り戦略だったはずの脳のメカニズムのせいで、クリックをし続けてしまう現代人。この状態を「スマホが脳をハッキングしている」と著者はいう。

■共感力が身につかない

スマホの大きな弊害は「集中力」を奪うことだ。デジタルデバイスをたびたびチェックする人は、マルチタスクが多くなる。だがほんの数秒でも集中する対象を変えると、再びもとの作業への集中力を取り戻すのに何分もかかる場合がある。さらに、マルチタスクに慣れた若者は些末(さまつ)な情報を選択して無視するのが苦手になり、脳が最適な状態で働いていない、とする実験結果もある。

子どもの発達に対する影響も小さくない。例えば、共感力。「他人がどう感じているか」を理解するために欠かせない脳の細胞にミラーニューロンがある。ミラーニューロンが最も活発になるのは実際に人に会っているときで、スクリーンやモニター上ではそこまで活性化しない。小さな子どもがデジタル機器とばかり仲良くしているとどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。

前著にも詳しいが、私たちの脳は身体を動かすために進化してきた、というのが著者の立場。だから今でもたった5分の運動で、集中力が増す。本当だろうか? スマホを置いて、ぜひ試してみてほしい。

今回の評者 = 川上瞳
情報工場エディター。大手コンサルティングファームの人事担当を経て、書評ライターとして活動中。臨床心理士、公認心理師でもある。カリフォルニア州立大学卒。

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