コロナ禍にあって最も打撃を受けている外食産業。生き残るために、目先だけでなく中長期的に考え、抜本的な改革に取り組まなければならない状況にある。こうした中で、キーワードとして語られるようになっている取り組みが「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。先端的な飲食店、その飲食店にソリューションを提供する企業それぞれの最新事例を、2020年11月18日に開催したオンラインセミナー「飲食店経営DX」から探った。

 1日100食限定で、国産牛ステーキ丼を提供する「佰食屋(ひゃくしょくや)」(京都・西院)。行列が絶えない人気店だが、新型コロナウイルス感染拡大の影響は免れず、経営者の中村朱美氏は2020年4月、4店舗のうち2店舗を閉鎖することを決断した。しかしその素早い判断が功を奏し、翌月から黒字を達成。8月には過去最高利益率にまで回復させたという。

なぜ1日たった100食限定なのか?

現在、当社は9期目を迎え、京都・西院にある1日100食限定の国産牛ステーキ専門店「佰食屋」と、四条大宮にある「佰食屋1/2」の2店舗を経営しています。

中村氏は現在、京都・西院の「佰食屋」と四条大宮にある「佰食屋1/2」の2店舗を経営している
中村氏は現在、京都・西院の「佰食屋」と四条大宮にある「佰食屋1/2」の2店舗を経営している

 多くの方々から「二佰食屋とか千食屋にしたら?」とか「できるだけたくさん稼いだほうが経営者としては優秀なんじゃないか」と言われるのですが、私たちは何かを諦めて100食限定にしているわけじゃないんです。たくさんメリットがあるから100食限定にしています。

 1つ目のメリットは、フードロスがゼロになることです。1日100食と決めて必要な分の材料だけ仕入れるので、閉店後、何も残りません。なので、店には冷凍庫がありません。冷蔵庫で十分。仕入れを安定させることで、仕入れ先である地元の食材店の、経営安定化にもつながります。地域経済にも貢献することが可能となりました。

 2つ目のメリットは集客効果が上がること。「100食しかない」しかも「ランチしかやっていない」という希少価値を組み合わせることによって人々の心をかき立て、「行きたい!」というモチベーションにつなげています。これは、「平日や雨の日に、いかにお客様に来てもらうか」という視点で考え抜いた結果、たどり着いた方法です。

中村 朱美(なかむら あけみ)氏
佰食屋(ひゃくしょくや)経営者/minitts 代表取締役
1984年京都府亀岡市生まれ。1日100食限定で、 おいしいものを手ごろな値段で食べられるお店「佰食屋」を2012年に開業、人気店へ成長させる。ランチ営業のみ、完売次第営業終了という常識を覆す経営手法で、飲食店でのワークライフバランスとフードロスゼロを実現。日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」大賞など数々の賞を受賞。

 ただしこれは「インスタ映え」を狙う手法とすごく似ていて、最初の1回しか効果がありません。そこで私たちは、お客様に何度でも来てもらうための工夫として、原価率(食材費)を上げています。

 1000~1100円の価格帯で、お客様がおなかいっぱいになる量を提供し、国産牛も約120グラム使っています。すると、「コスパが良い」「すごく安くておいしい」という評判が立ち、たくさんのお客様が口コミで来てくださるようになるのです。

佰食屋の原価率は50%。ただし、この中には広告宣伝費が含まれている
佰食屋の原価率は50%。ただし、この中には広告宣伝費が含まれている

 確かに、原価率を上げてなおかつ利益を残すことは難しいことですが、私たちは宣伝広告費を削ることにより実現しています。

 一般的には原価率30%、人件費30%、つまりFLコストを60%に抑えるのがセオリーとされていますが、私たちの店では原価率50%、人件費32%でFLコストが82%にもなります。ただし、この中に宣伝広告費15%が含まれていると考えます。つまり、宣伝広告をお客様に委ねている。おいしい・安い・コスパが良いとなれば、お客様が周りの人に伝えたくなるんです。口コミによる宣伝効果は期間限定でないというメリットもあります。

佰食屋は10坪15席(現在は12席に制限中)。最小コストで最大利益を出すために、綿密な計算の上ではじき出されたスペースだ
佰食屋は10坪15席(現在は12席に制限中)。最小コストで最大利益を出すために、綿密な計算の上ではじき出されたスペースだ

 3つ目のメリットは、最小限のコストで最大限の利益が出せることです。私たちの店では、100人のお客様を従業員5人で受け入れています。つまり従業員1人に対してお客様が20人という比率。これは結構ギリギリなんです。例えば従業員1人に対してお客様25人を目指すと、忙しすぎてお味噌汁をこぼしたり、お会計を間違えたりしてクレームが発生するラインに入ります。つまり、従業員5人で100人を目指すということは、最小限のコストで最大限の利益を目指す構造になっているということです。

 目標は確実にクリアできるものでなければ困ります。日によって50食とか20食とかになると、人件費率が大きくなり赤字になってしまいます。1日100食という目標は、雨の日でも雪が降ってもクリアできる数値になっている。このことが大事です。

 4つ目のメリットは従業員が早く帰れることです。始業が早くても9時で、終業は遅くとも17時45分。子育て中の女性はもちろん、高齢者の方や介護中の方、妊娠中の方や外国人留学生も働けるようになり、ダイバーシティー推進にもつながっています。72歳の女性も働いています。みんないつまでも働けるように定年制度を廃止し、75歳になっても80歳になっても働ける、そんな組織を目指しています。

従業員の自己決定権と企業の成長の関係とは?

私たちは従業員の「自己決定権」をとても大切にしています。その1つ目が就業時間です。従業員は朝の出勤時間が9時か9時半か自分で選べます。退勤時間は16時から17時45分で、細かく指定が可能です。勤務時間に応じて基本給も自分で選ぶことができます。2つ目の自己決定権は休暇。有給休暇は当然100%取得で、公休日も自分で指定ができます。上司の許可など必要ありません。

佰食屋では、従業員が希望に応じて就業時間を決めたり、休暇を自分で決めたりすることができる。従業員の「自己決定権」を育むのがその狙いだ
佰食屋では、従業員が希望に応じて就業時間を決めたり、休暇を自分で決めたりすることができる。従業員の「自己決定権」を育むのがその狙いだ

 これを実現するために、最低限必要な人数よりも1~2人多く採用しています。これが先ほどの人件費32%(一般的な飲食店より2%多い分)に相当します。従業員が有給休暇を自分で管理できるようになりますし、毎日80%の労働量で済むようになります。たまには人数が多すぎる日もあります。でもこの余白が実は従業員のやる気を育むのです。みんなが「何か新しいことをしよう」とか「新しいアイデアをやってみよう」という気になる。この余白の時間がなければ企業の成長は止まると思うんです。あえて余白をつくることで従業員のやる気と成長を引き出し、ひいては企業の成長を促しています。

2店舗閉鎖をいち早く決断した背景にあったものは?

20年4月7日、新型コロナウイルス感染拡大により7都府県に緊急事態宣言が発令されました。このとき、2つの店舗で前年比100%の集客を維持していた一方、残り2店舗では20%に落ち込みました。集客が落ちたほうの店は繁華街にあり、テナント料も高額です。雇用調整助成金や持続化給付金をもらったとしても、このままいくと4カ月後にはキャッシュフローが枯渇して倒産してしまうという状況でした。

 ならば、好調な2店舗だけ残して残り2店舗は閉鎖すればよい――。そんなことは分かっているのですが、そう簡単には決断できませんでした。

もともと4店舗あったが、新型コロナウイルスの影響で、繁華街の2店舗閉鎖を余儀なくされた
もともと4店舗あったが、新型コロナウイルスの影響で、繁華街の2店舗閉鎖を余儀なくされた

 そのとき、従業員に支えられました。「朱美さん、決断していいですよ。僕たちも分かっています。だって、外に誰も歩いていない」「私たち、また転職できるって思っているし大丈夫です。早く決断しましょうよ」ってみんな言ってくれました。もう本当に、涙が出て苦しかったです。こうして一人でも多くの従業員を助けるために、2店舗閉鎖を決断しました。

 より長く失業保険を受け取れるようにと従業員は「解雇」する形をとりました。解雇予告手当も支払いました。できるだけ多くの“積み荷”を渡して、再就職をしてもらう決断をしたわけです。

コロナ禍で黒字回復をもたらした作戦とは?

2店舗閉鎖しても、まだ開業融資の返済が1000万円ほど残っていました。店がないのに借金が残る、仲間を失う。本当に最悪の状況でしたが、残った従業員もいますし、私も転んでもただでは起きられません。4月11日、コロナ禍に突入した直後から、“反撃”ののろしを上げるべく次の手を打つことに決めました。具体的には2つの策がありました。

新型コロナウイルスが広まる中、いち早くテークアウト営業のみに切り替えることを決断。メニューを1つに絞り従業員の配置を見直した結果、コロナ禍にもかかわらず生産性を向上させることができた
新型コロナウイルスが広まる中、いち早くテークアウト営業のみに切り替えることを決断。メニューを1つに絞り従業員の配置を見直した結果、コロナ禍にもかかわらず生産性を向上させることができた

 1つ目は計画的な集客作戦です。京都市に緊急事態宣言が発令される前の4月11日の段階から私たちはすでに、ステーキ丼だけのテークアウト営業に切り替えていました。メニューを1つに絞り、テークアウトなので洗い物もないので、5人から3人態勢に切り替えました。電話でしか予約できないのですが、たくさんのお客様に支えていただき、4月11日から電話が鳴りやまず、5月24日まで毎日、午前中の予約だけで完売することができました。つまり緊急事態宣言の間、人件費がより下がって、生産性がより向上したんですね。

 また、4月11日から始めたテークアウトが好調だったものの、懸念点がありました。5月7日以降、つまりゴールデンウイークが明けた平日はお客様の減少が予想されたことです。

 そこで集客作戦として2つの策を講じました。1つはハンバーグ単品の販売再開と、休業していた「佰食屋1/2」の営業再開です。これを4月末ぐらいからSNSなどで告知し、結果、ゴールデンウイーク明けも全く数字が落ち込まず、緊急事態宣言を切り抜けることができました。

 2つ目の策は構造改革です。実は以前から日曜日の人員不足が懸念事項としてありました。アルバイトの学生さんも割と日曜日に休むんですね。無理強いするわけにもいかないので、仕組みを変えることにしました。

「佰食屋1/2」は「佰食屋」の程近くにあり、店舗スケールは佰食屋の半分。非常に小さなこの店舗が、コロナ禍の構造改革のカギとなった
「佰食屋1/2」は「佰食屋」の程近くにあり、店舗スケールは佰食屋の半分。非常に小さなこの店舗が、コロナ禍の構造改革のカギとなった

 そこで役立ったのが「佰食屋1/2」です。この店は店舗スケールが「佰食屋」の半分で、1日50食限定。こちらの定休日を日曜日にして、勤務時間は朝9時から15時までの6時間と短くしました。この仕組みだと2人で営業が可能です。「佰食屋」から程近く、自転車で8分、歩いても20分くらいです。従業員が5人必要な「佰食屋」と、2人必要な「佰食屋1/2」の2店舗を、正社員として残った4人がどちらも兼務できるように育成しました。

 アルバイトのシフトは、平日は主婦も学生さんも入ってくれるのでうまく回ります。土曜日も学生に人気があるので問題なし。問題の日曜日は「佰食屋1/2」が定休日なので正社員の全戦力を「佰食屋」に集め、いつでも入ってくれる高齢者のアルバイトさんでカバーできます。こうして2店舗で1つの組織とすることで、私たちは人員不足を解消することに成功しました。

2店舗閉鎖のダメージを受けつつも、コロナ禍で過去最高の利益率を達成した
2店舗閉鎖のダメージを受けつつも、コロナ禍で過去最高の利益率を達成した

 結果、緊急事態宣言の前と後で原価率は変わらず、人件費は2店舗で1つの組織としたことにより減りました。テナント代が高い繁華街の2店舗がなくなったので家賃も減り、気がつけば利益が12%残りました。5~11月の7カ月間、ずっとこの調子です。8月に至っては過去最高となる利益率14%を記録しました。アフターコロナ、ウィズコロナでも生き残ることができる飲食店に、私たちは自らの決断によって生まれ変わることができたと思います。

アフターコロナの飲食店経営とは?

今後も感染症拡大や、自然災害が起きることが予想される日本で、飲食店経営はどうすればよいかと考えたとき、小さなお店をたくさんつくるのがよいのではないかと思います。「佰食屋1/2」はまさにそのイメージでつくりました。確かに1店舗だと売り上げ1日たった5万円で、しかも定休日があるから月商130万円しか目指せません。でも、これを全国で展開したらどうなるでしょう。1日6時間勤務で、2人で回せます。日曜定休で、50食売ったら終わっていいんです。47都道府県に1店舗ずつ店を出せば、ひと月の売り上げは6000万円。1年の売り上げは7億2000万円になるわけです。利益率12%ですが、計算しやすく10%としたとしても、7000万円の利益が残ります。大企業にも戦いを挑める規模になるんですよね。

 他にもやり方がたくさんあります。ゴーストレストランとしてデリバリー、テークアウトだけでも生きていけます。居酒屋で、使っていないお昼の時間帯を間借りして、すでにある厨房や客席を利用して、ランチだけ営業するという方法もあるでしょう。女性や高齢者の雇用を生むこともできる。そんなことも考えられますよね。ただし、私はこれを目指しているわけではありません。なので、やりたい方はぜひチャレンジしてみてください。

 私の目標は、もっと違うところにあります。新型コロナウイルスにより、世界が変わりました。新しい世界で、新しい形の事業展開が今求められています。人生100年時代ですから、皆さん自分の人生は自分で決めて生きていきましょう。「65歳になって早く定年退職したい」なんていう仕事はよくないですよね。そうではなくて、65歳になっても70歳、80歳になっても、「面白いからやめたくない!」と言えるような仕事を、私は未来の子どもたちのためにつくっていきたいと思います。

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