ひらめきブックレビュー

「喜び」には種がある 光・色・形で沸き起こる感情 『Joyful 感性を磨く本』

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喜び(Joy)とはどこにあるのだろう? 心の内側にある、と考える人は多いと思う。だが本書『Joyful 感性を磨く本』(櫻井祐子訳)の著者、イングリッド・フェテル・リー氏はあるとき、心の内側ではなく外側に、喜びの種があることに気がついた。実体のある「物」が、私たちの喜びを掻き立てているのだ。

カラフルな虹や空に浮かぶシャボン玉を見たとき、心が弾んだことがあるだろう。そんな、身の回りのものが持つ色彩やかたち、場所、経験を含む「物体の外観や質感」が、喜びの感情とどう関わっているのかを解き明かそうとするのが本書だ。喜びをもたらす物体の特徴(美的特性)を、「エネルギー」「豊かさ」「自由」など10の特性に分類し、心理学や神経科学の知見を踏まえて解説している。

リー氏は「喜びの美学」サイト創設者。世界的イノベーションファームIDEOのニューヨークオフィスのデザインディレクターを務めた人物だ。

■鮮やかな色がもたらす感情

「エネルギー」の中で紹介されるのは「明るく、鮮やかな色」だ。明るい色はエネルギーを感じさせ、人々を活気づける。好例がアメリカの非営利団体パブリカラーだ。公立学校などを鮮やかな色で塗り替える活動を行っているが、塗り替えた後は、生徒の出席率と教師の出勤率のほか、学業成績までも向上したという。

さらに、色彩豊かなオフィスで働く人は殺風景なオフィスで働く人より集中力が高く友好的で、自信に満ちているとの研究結果もある。明るい色が刺激となり、学習や生産に必要なエネルギーが奮い立たせられるのだと著者は説明する。

明るい色が喜びにつながる理由は、人間の進化の歴史に関わっているようだ。著者いわく、人間の祖先の霊長類は色覚を発達させ、多くの色を識別できるようになり、栄養価の高い若葉や果実を得てきた。霊長類にとって明るい色は、生存に必要な栄養のありかを示すヒントとなったため、数万世代にわたる進化のうちに、喜びと結びつくようになったのだ。

世界各国の事例が収められているのも本書の魅力だ。例えば、建築家の荒川修作らがつくった日本の集合住宅に、著者が泊まったエピソード。この家は身体や感覚を鍛えるために、あえて快適ではないつくりになっている。天井からブランコが下がり、部屋の床はあちこち盛り上がっていて、動くたびにバランスを取り直す必要がある。壁や柱はオレンジや紫に塗られ、部屋を楽しむための「使用法」が渡される……。

著者はここで一夜を過ごし、これまで気づかなかった感覚が研ぎ澄まされたと語っている。大変だけれど、普通のアパートで過ごすより楽しかった、とも。色や質感など、豊かな「感覚的刺激」にさらされることは、人間の知覚機能と感情を活性化するのだ。

物や環境との相互作用を意識すれば、私たちの感情はずっとポジティブになることを教えてくれる本だ。こんなご時世だからこそ、部屋やオフィスに、まずは鮮やかな色を取り入れてみてはどうだろう。

今回の評者=安藤奈々
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。早大卒。

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