背筋が伸びて気持ちが落ち着く 着物が育てた日本文化『きもの解体新書』

街でたまに見かける着物姿を、つい目で追いかけてしまうことはないだろうか。着物のもつ奥深い魅力について、やさしく解き明かすのが本書『きもの解体新書』である。

着物の素材、着付けと身体の関係、「裄(ゆき)」や「袂(たもと)」といった部分の名称、着物を着た時の作法といった着物のあれこれについて、きもの文化研究家の中谷比佐子氏が解説している。かつて西欧かぶれを自認するほど西欧のファッションに憧れていたが、ある展示会で「美しい色に染め上がった布」に引かれたのをきっかけに着物の世界に夢中になった。本書は、そんな著者が55年間着物を着続けるなかで得た知見の集大成だ。

蚕の命を使い切る

まず語られるのが着物の代表的な素材「絹」についてである。絹の原料は、昆虫の蚕が糸を吐いてつくった「繭」だ。蚕は繭の中でサナギとなり、変態してガになるが、ガとなって外へ出てしまうと繭に穴が開き、糸に節ができてしまう。そこで日本人は、まだサナギとして生きているうちに繭を煮沸するなどして命を奪い、滑らかで美しい糸を取ってきた。

死んだサナギは、有機肥料や健康食品の原料となる。こうして命を差し出し人間の役に立ってくれる蚕の姿に、日本人は「見返りを求めない、無条件の愛」を見出したと著者は説明する。そして蚕への感謝の気持ちを、着物の仕立てに表したというのだ。

着物は8枚のパーツを縫い合わせて形を作り、1ミリも布を捨てないように仕立てる。縫い直しをする時も、ほどいたら元の1枚の布に再生できるようになっている。ドレスの場合だと平均20%の布を切り落とす点と比べても、着物の形は際立ってユニークだ。1000年以上変わらない着物の仕立て方には、差し出された命を使い切ること、蚕への礼節が込められているのだ。

着物を通して身体を知る

着物を着ることは、身体の構造や動きを知ることでもある。例えば着物姿に欠かせない足袋。人間の足には「親指を中心にした骨」と「4本の指をまとめた骨」の2本の骨がある。足袋の豚の足のようなデザインは、その身体構造に合わせたものだ。足袋を履くと分かれ目のくぼみが刺激され、脳の働きが活発になる。さらに足袋には足裏の土踏まずのアーチを保つ機能もあり、体全体の血流を良くする。

着物を着る楽しみやメリットは男女を問わない。本書には男の着物についても語られているが、男性が着物を着ると一気に男の貫禄が出るという。男は帯をへその下あたり、「丹田」で結ぶが、ここに気を集めることで自然と背骨が伸び、肩甲骨が背中心に動いて横隔膜が開く。気持ちが落ち着き、決断する力と勇気が湧いてくる。「この宝をみすみす捨てている」という著者のつぶやきは、着物を着なくなった現代の男たちへの叱咤(しった)激励なのだろう。

年末年始はいつも以上に日本文化を身近に感じるものだ。ここはひとつ、着物を着て帯をビシッと引き締めるのも一興ではないだろうか。

今回の評者 = 山田周平
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームの一員。埼玉県出身。早大卒。

きもの解体新書 日本文化から学ぶ、多くのこと

著者 : 中谷 比佐子
出版 : 春陽堂書店
価格 : 1,980 円(税込み)