ひらめきブックレビュー

『こち亀』を読み通して味わう 昭和と平成の世相風俗 『『こち亀』社会論』

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1976年から2016年まで40年にわたり連載された、秋本治の漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(通称『こち亀』)は、名実ともに日本を代表する国民的漫画だ。本書『『こち亀』社会論』は、『こち亀』を、時代時代の社会情勢や大衆の意識を写し出した「文化史料」と捉え、経済、テクノロジー、ビジネス、サブカルチャーなどとの関わりを論じる。

著者の稲田豊史氏は1974年生まれの編集者、ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て、2013年よりフリーランスとして活躍している。

■大衆目線で「今」を切り取る

著者は『こち亀』が江戸時代の風俗を描いた浮世絵に似ているとみる。昭和から平成にかけて、世俗を生活者の目線で描き、社会や人々の生活・気分・好奇心をできるだけその時代の空気を閉じ込める形で、史料保存しているからだ。

つまり『こち亀』の主人公、両津勘吉をはじめさまざまな登場人物が明らかにする「本質」「本音」とは「大衆目線で切り取った"今"」なのだ。ここで言う"今"とは、それぞれの回の掲載時の"今"である。著者は「その時々の大衆の最大公約数的な"気分"」と表現している。

例えば1990年の「空飛ぶ事業家!の巻」(72巻)。大金を手にした両津は、財テクブームの折、堅実な資産運用を勧める上司に「チマチマかっこ悪いんだよ」と反発する。

両津は、資産運用の代わりに、富裕層向けのヘリ輸送サービスを始め、成功を収める。だが、調子に乗って人工島の総合レジャーランド開発に手を染めたところ、盛大な失敗をしでかす。客を入れすぎて、重みで島が沈んでしまったのだ。

このエピソードについて著者は、「地道な資産運用はカッコ悪いが、ギャンブル的な投資も危ない」という当時の大衆的日本人気質をなぞったものだと解説する。他の先進国に比べて利殖や投資に消極的なのが、日本における当時の大衆の「本質」なのだ。

40年間の"今"を大衆目線で切り取っているからこそ、『こち亀』は貴重な文化史料になりうる。ギャグに笑い、両津の行動にあきれながら、読者はその時々の、あるいは今も変わらぬ日本人の本質を知ることができる。

■ビジネスの教科書

一方で、「アイデアマンとしての両津勘吉」も、『こち亀』の魅力の一つであり、本書では「第6章 ビジネスの教科書」でそれを存分に味わうことができる。

両津は、(失敗はするが)次々と新しいビジネスを考え、行動に移す。秀逸なのが、2009年の「カメラ イン ボールの巻」(169巻)での「カメラ イン ボール」の発明とそれを使ったビジネスアイデアだ。

発明品は、透明ボールの中に6個の超小型CCDカメラを仕込み、360度パノラマ撮影ができる、というもの。動画を外部に送信できるので、このボールを球技に使えば「いまだかつて見た事の無い/ボール視点からの映像が見られる」(両津)。両津は、このシステムで特許を取り、オリンピックやワールドカップでもうけようと画策する。

こうした両津の行動は、その失敗も含めて、まさしくビジネスにおける「教科書」になるものといえるだろう。

著者はあとがきで「連載途中から読まなくなった大人にこそ、本書を読んでもらいたい」と呼びかけている。『こち亀』のディープなファンも、まったく読んだことがないという人も、十分楽しめる一冊だ。

今回の評者 = 吉川清史
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て2007年から現職。東京都出身。早大卒。

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