ひらめきブックレビュー

老化は治療できる 健康寿命120年の世界がすぐそこに 『LIFESPAN 老いなき世界』

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私の父は今月87歳を迎える。心身共に健康で、「お元気ですね」とよく褒められる。けれども、長寿で健康という状態はちっとも珍しいことでなくなるかもしれない。なぜなら「老化は病気」であり、治療できるからだ――。

本書『LIFESPAN 老いなき世界』(梶山あゆみ訳)は、医学的・遺伝学的見地から老いのない世界、具体的には「健康なまま120歳まで生きられる時代」の到来を予測する一冊だ。著者のデビッド・A・シンクレア氏は、ハーバード大学ポール・F・グレン老化生物学研究センター共同所長で、老化の原因と若返りの方法に関する研究で世界的に著名な科学者。マシュー・D・ラプラント氏はジャーナリストだ。

■老化はなぜ起きるのか

老化はがんなどと同じように「病気」だ。だからその原因を取り除けば治せる、というのが著者の主張だ。老化の原因としては「エピゲノム」に注目している。エピゲノムとはDNA(デオキシリボ核酸)とは別に、親から子へ特徴を伝える仕組みである。DNAは情報の保存やコピーを確実に行うことができるが、エピゲノムはコピーやストレスによる変化を受けやすい。エピゲノムが傷ついたり劣化して情報が壊れることで老化が引き起こされる、と著者は解説している。

不安定なエピゲノムの情報の劣化を、化学物質などによって防いだり補修したりすれば老化は食い止められる。本書に紹介されている実験では、人間の65歳に相当する生後20カ月のマウスにエピゲノムを安定させるための餌を与えたところ、ランニングマシンで3キロ以上走り続けたそうだ。そんな長距離を走るとは想定されていなかったため、マシンは壊れてしまった。このように、エピゲノムの安定に働きかける治療を積極的に行えば老化は克服される。その結果、著者の試算によると、数十年以内に人間の寿命は33年伸びる。先進国の平均寿命が80歳程度なので、113歳まで生きられることになる。

■働き手が増える未来

寿命が伸び続けるとどうなるか。人口が爆発的に増加し、地球環境を破壊するような印象を受けるだろう。だが著者はこう反論する。仮に今日、世界中の人が一人残らず死ななくなったとしても、1年に換算すれば5500万人しか人口は増えない。人口が10億人増えるのに18年かかるペースで、子どもも生まれにくくなっているため爆発的というほどではない。つまり、老化せず、健康なまま年を取ることの影響は地球が十分に吸収できる。

寿命が延びることにはむしろメリットがある、と著者は指摘する。高齢者が健康であれば働き手も増え、経済効果が高まり、生き急ぐ必要もなくなって人に親切になる……著者の描く老いなき世界は魅力的だ。「死なない」のではなく、健康に、人間らしく人生を味わい尽くす。実は著者の祖母は、70歳を過ぎるまではつらつとしていたものの、晩年は認知症で抜け殻のようになって亡くなったそうだ。そんな祖母を目の当たりにした時のショックが、老化研究にかける情熱の源泉になっている。

本書は「老いるのが自然」と捉えてきた私たちへの挑戦状である。老いへの価値観や人生観を根幹から揺さぶるだろう。

今回の評者=高野裕一
情報工場エディター。医療機器メーカーで長期戦略立案に携わる傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。長野県出身。信州大学卒。

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