大人の入店お断り 洋菓子店は子供の遊び場
兵庫県のパティシエが開業
「大人進入禁止」――。こう書かれた表示板のある高さ105センチ、幅60センチの扉が未来製作所の入り口だ。大人は腰を落としてかがまなくては入れない小さな入り口に、子どもたちが次々に吸い込まれていく。付き添いの親たちは入り口手前の待合室で子どもの帰りを待つ。記者が分かっていることは「1個150円で、ここでしか買えないお菓子が買える」ということだけ。一体どんなお菓子が買えるのだろうか。
「ふわふわのお菓子がいっぱいあった」。出来たてのお菓子を手に店から出てきたのは、谷川周くん(7)と理沙ちゃん(5)兄弟。買ってきたケーキをお母さんにうれしそうに見せて、早速一口ほおばった。次に出てきたのは、なんと2歳の金田鮎季くん。持って出てきたパンケーキは顔ほどの大きさだ。店から出てくる子どもたちは、皆お菓子を大事そうに抱えて満足げだ。
「おーかーねー」。京都市から来た篠原理紗ちゃん(5)は手ぶらで一度店内に入ったものの、すぐ飛び出してきてお父さんに小銭をせがむ。「お願いお願い。3つあるから全部欲しいの」。理紗ちゃんによると、パンみたいなおやつと、ふわふわのケーキと、小さい丸いのがあるという。未来製作所では3種類のお菓子を売っているようだ。
品数は少ないにもかかわらず、一度店内に入った子どもたちはなかなか出てこない。中には1時間以上を店内で費やす子も。店内はそんなに楽しいのだろうか。
谷川周くん、理沙ちゃん兄弟に「中はどんなだった?」と記者が尋ねると、「クリーム」と理沙ちゃん。お母さんが慌てて「お菓子の中身じゃなくて、お店の中のことよ」と苦笑い。すると、お兄ちゃんの周くんが「ゲームがあって、当たるとシールがもらえる」と教えてくれた。買い物だけでなく、子どもが楽しめる遊びもちりばめられているようだ。
「鉄板があってパチパチやってたのと、ロボットもいた」と教えてくれたのは、大津市から来た森田航貴くん(8)と妹の真帆ちゃん(4)。「ゲーム?」「鉄板?」「ロボット?」――。子どもたちは一生懸命説明してくれるものの、聞けば聞くほど記者の頭のなかは「?」で埋め尽くされる。航貴くんにデジカメを渡し、店内の様子を撮影してきてもらった。
戻ってきた航貴カメラマンが撮ってくれた写真はかなりの腕前。「鉄板でパチパチ」は目の前でパンケーキが焼かれる様子のことのようだ。店内はアニメーションが流れるなどキャラクターがあちこちにいたり、ルーレットのような「ゲーム」があったり、天井には「ロボット」の装飾も。
航貴くんのお父さんは「今は駄菓子屋さんもなくなってしまって、子どもだけで買い物することはほとんどないのでいい経験」と話す。東大阪市から来ていた山田向日葵ちゃん(6)のお母さんも「一人での買い物は初めて」と、子どもの感想に耳を傾ける。
なぜ子どもだけしか入れない店をつくったのか。オーナーでパティシエの小山進さんは「自分が子どものときは、その日あったことを、母親や周りの大人に話して育ってきた。それが、大人になって、創造性や発信力につながっていると感じている」と話す。
子どもしか体験できない空間をつくることで、子どもが大人に伝えようとし、大人が子どもの話を真剣に聞こうとする、そんな状況をつくったという訳だ。とはいえ「店内で子どもたち全員の『見て見て聞いて』を聞くのはものすごいエネルギーがいるけれど」と笑う。
「出口ここだけですよね?」「150円でそんなに楽しめるんですか。息子が帰ってこないんですけど……」――。この日、入り口で子どもの帰りを待っていた保護者の不安げな様子を記者は何度も見かけた。中には大きな背中を丸めながら小さな入り口に頭を突っ込んで中をのぞこうとしているお父さんも。子どもだけしか入れない店は、実は大人の忍耐力が試される店でもあった。
(井土聡子)
[日経MJ2013年12月23日付]
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