「おやじギャグ」は害悪か コロナ下の職場トーク術

職場での「おやじギャグ」は笑ってもらえるとは限らない(写真はイメージ)=PIXTA
職場での「おやじギャグ」は笑ってもらえるとは限らない(写真はイメージ)=PIXTA

いわゆる「おやじギャグ」が批判されるようになって久しい。世代間ギャップや不真面目ムード、そしてくだらなさなどが嫌われる理由。職場ではタブー視されるようになった気配すらあるようだが、「オフィスの潤滑油」という擁護論も根強い。リモートワークが広がって居場所を失いつつある「おやじギャグ」はこの機会に撲滅されるべきなのだろうか。

おやじギャグにはいくつかのパターンがある。最も多く耳にしやすいのは、語尾を変化させて、意味をずらす手口だ。たとえば、「お疲れサマージャンボ宝くじ」のような形だ。「様」と「サマー」を重ね合わせている。

このパターンでは後半の付け足し部分が前半と意味のうえでずれているケースが多い。あえて関係のない言葉を付け足して、ずっこけ感を醸し出すのが基本の演出だ。語尾に「なんちゃって」と言い添えても格好がつくような抜け具合が構成のポイントになる。

同音異義語に引っかけて、付け足し部分を仕立てるパターンは常とう手段といえる。吉本新喜劇の島木譲二さんが持ちギャグにしていた「しまった、しまった、島倉千代子」が有名だ。このケースでは単に「しま」の響きを共有しているだけだ。人名を組み込んだ例では「むかつく、むかつく、原辰徳」のような、意味合い(腹が立つ)を名前に織り込むタイプもある。

下品な表現はおやじギャグ嫌いをさらにいらだたせがちだ。宴会の途中でトイレに立つ際、「しっこー猶予」「尿意、ドン」などと口走ってしまうと、席に戻ったとき、周囲から冷ややかな視線を浴びかねない。「トイレにいっといれ」も危うい。もともと脱線気味のおやじギャグだからこそ、品位は保ちたい。

和洋折衷の組み立てはずっこけ感が強く出やすい。「コーディネートはこーでねーと」あたりは笑ってもらいにくいどころか、周りをイラッとさせそうだ。服装に関する安易な言及は今やパワーハラスメントにもなりかねない。

コロナ禍のせいで、職場での連絡ツールにも変化が起きて、電話が見直されていると聞く。「電話に出んわぁ」も復権するだろうか。それとも「チャットでちゃちゃっと片付けちゃおう」のような新勢力が台頭するのか。

もっとも、オフィスでのおやじギャグはリモートワークという新たな「天敵」の出現で、息も絶え絶えだろう。大勢が集まる職場空間があればこそ、おやじギャグは出番を得る。閑散としたフロアでは、いっそうわびしく響くだけだ。

おやじギャグ発言者の主な動機は「会話を弾ませたい」「声を掛けるきっかけが欲しい」「かまってほしい」など、様々とみえる。大した動機はなく、無意識に口を突いて出てしまう「まいった、まいった、マイケル・ジャクソン」のようなうっかり系もある。この種のうかつなタイプは聞き手の気持ちを冷え込ませがちだ。

オンラインミーティングには部下や同僚が集まるが、顔を合わせて開くリアルの会議に比べて、事務的に淡々と議事が進む傾向があり、軽口をはさむ余地は小さい。ましてやおやじギャグはリアル会議とは別次元の批判を招きそう。よほどの剛の者でもなければ、「テレカン(テレカンファレンス)、テレカン、嵐寛寿郎(往年の名優、通称「アラカン」)」などと切り込めるものではない。

つまり、おやじギャグは出勤抑制下で自然淘汰の危機を迎えつつあるようだ。上司や先輩のうっとうしい「口撃」を苦々しく感じてきた人たちにとっては喜ばしい変化かもしれない。

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