「マシュマロ実験」の結果は正しい?
――最初のはうそだったっていうこと?
「ウソというわけではないですが、マシュマロ実験はある集団をただ観察したものであって、ランダムに分けて、片方のグループではこういうことをやるけどもう一方ではやらない、という比較実験をしていないんです。それだと何が問題かというと、マシュマロが我慢できるから優秀なのではなくて、たまたまその集団が優秀だったんじゃないのかっていう反論から逃れられないんです」
「実際に疑問に思った人が、もう一度ランダムに分けて実験し直して、実験結果について親の所得や学歴なども考慮して分析すると、マシュマロを我慢できるかは関係ないということがわかった。つまり親が金持ちだとマシュマロぐらいまた買ってもらえるから我慢できる。結局、子どもが社会的に成功するかどうかは経済環境によるんじゃないか、ということだったんです」
――ちょっと世知辛い結果……。でも統計学がいろんな分野に入ってくると、不確かな情報に振り回される人を減らすことができそうですね。
「そうですね、昔に比べるといろいろなところでデータなどのエビデンスを重視するようになってきていて、医療業界が顕著です。それも1990年代から急速に進みました。80年代までの医療は、基本的に経験とロジックを元に治療を決めていました」
――え、意外と最近! ところでロジックとデータって、違うんですか。
「理屈上考えたことと、データから出てきた結果って逆なことがあるんです。それを示した大きな転換点が、1989年に報告された臨床試験結果(The Cardiac Arrhythmia Suppression Trialと呼ばれる、不整脈についての臨床試験)でした。それまでは、過去に心筋梗塞を起こしたことのある人が一命をとりとめた後も不整脈で亡くなってしまうというケースが多かったので、不整脈の薬を使って予防しようという治療が行われていました。その判断は理屈上、正しいじゃないですか」
「ところが、試しにどのぐらい効果があるかを検証するためにデータをとってみたら、不整脈の薬を使った方が死亡率を高めてしまうという驚きの結果が出てきたのです。医者が理屈上正しいと思っていても、人を死亡させてしまう可能性があるということがわかり、90年代初頭から『根拠に基づく医療』(EBM、エビデンス・ベースト・メディスン)という言葉が出てくるようになったのです」
――統計学で医療が進歩したんだ! 坪田先生も統計学が1番面白いって言ってたんです。西内さんは統計学のどういうところにワクワクしたんですか。
「人間とは何か、というような人文学的なことを科学的に実証できるところが一番面白いですね。例えば教育分野で、わずかな成功事例だけでは『たまたまその先生の教え方が上手だっただけ』といった特殊な状況を拾い上げているだけかもしれませんよね。それが何十人、何百人とデータを集めて適切に統計解析をすると、再現性のある科学的根拠として『確かにそう教えた方が良さそう』という成果が生まれるのがとても面白いと思います」
――統計って数学のイメージがあるけど、計算するだけじゃないんですね。
「数学ももちろん使うことはありますが、私が仕事で受ける依頼では、データ解析というより『仮説探し』が多いんです。どのあたりを深掘りしたらいいか、どの辺りに対して試しに実験してみた方がいいか、既存のデータから探していくという感じです。いっぱいデータはあるけど、どこが大事かわからないから、それを探すのが我々の仕事ですね」