コオロギやイモムシを食べる“昆虫食”。ゲテモノ扱いされがちだが、世界の食糧危機を救う食材として注目されている。日本では昆虫食の自動販売機が出現。ちょっとした観光スポットとして、食事会などの場を盛り上げるツールとしての需要が多い。女子向けに特化して商品展開するものもある。
コオロギ、タガメ、タランチュラ、イモムシ、サソリ、カブトムシ――昆虫食を売る自販機には、これら食用昆虫を詰めた容器が整然と並ぶ。
「バッタやコオロギは、素揚げし、塩を振ってパッケージに詰める。この手順はポテトチップスと同じ。香りは居酒屋で食べる川エビの唐揚げに近い。昆虫もエビも硬い殻を高温で揚げるのでどちらも香ばしい。とはいえ、味は虫の種類によって異なる」
こう話すのは、コインロッカーや自販機、ATMなどの設置・管理を手掛けるティ・アイ・エス(東京・台東)の営業開発主任の近藤俊一氏。2020年に入ってから、同社は都内3カ所に昆虫食の自販機を新しく設置し、運営を始めた。アメ横センタービルとアメ横プラザ(20年3月設置)に加え、直近では中野ブロードウェイ(同6月30日)でも稼働開始。設置するそばから購入し、SNSに投稿する人もいるという。
2013年の国連機関の報告書がきっかけ
昆虫食が注目を集め始めたのは、国際連合食糧農業機関(FAO)が13年に公表した報告書がきっかけだ。同報告書では、食糧・飼料問題対策として昆虫に注目した。これをきっかけに、昆虫食は栄養価が高く、牛や豚に比べて養殖する際に地球環境に与える負荷が少ないという認識が広まり、欧米を中心にコオロギの養殖場やメーカーなど昆虫食関連のビジネスが生まれた。
ティ・アイ・エスの仕入れ先の1つで、昆虫食専門の通販サイト「バグズファーム」を運営するアールオーエヌ(埼玉県戸田市)の辻ひろあき氏によると、広く一般の人が目を向けるようになったのは、もう少し後。18年1月にEU(欧州連合)加盟国で昆虫を「Novel Food」(ノベルフード=新食品)と認可したことが大きいという。
「虫も食べ物だという“お墨付き”が与えられたことで、コオロギ食材のお菓子やメニューが増えた。『なんだこれ、食べられるじゃん』という感じで少しずつ売れ始めた」(辻氏)。同社では18年11月、主事業であるダーツ用品の卸と小売りに加え、昆虫食の取り扱いを開始した。現在扱う昆虫の種類は約30種、95%をタイから輸入している。それらは、ティ・アイ・エスなどが設置する自販機ほか、飲食店、量販店にも納品している。
製品化のための加工方法は、虫の種類によって異なる。コオロギやバッタは素揚げするのが一般的。幼虫系は水分が多く、そのまま揚げるとはじけるので一度ボイルして乾燥させる。大きな昆虫は塩漬けにすることもあるという。
味付けは塩味だけではない。姿はそのまま、キャラメルやバーベキューのフレーバーを使って、虫だということを忘れさせるような味付けにしたり、姿を見ながら食べるのは苦手という向きには、コオロギ粉末を練り込んだうどんやせんべい、プロテインバーなどに加工したり。形すら残さず、抽出したエキスを入れた「タガメサイダー」もある。これらはいずれも自販機で販売しており、物珍しさに試してみる“初心者”から、昆虫を自分で調理して食べる“上級者”まで対応できるラインアップを心掛けたという。
賞味期限は飲料より短い。揚げて塩を振った“姿”タイプは長くて1年、しかも輸入品なので届いた時点で10カ月を切っていることが多い。
昆虫食は自販機向き
「昆⾍⾷は⾃販機で売るのに適した商材」とティ・アイ・エスの近藤⽒は話す。それはなぜか。近藤氏の話をまとめると、こうだ。例えば、⾃販機で売っているコオロギせんべいは450円。一般のせんべいに比べて高価なので、まずスーパーでは売れない。それなら、高額の食用昆虫ばかりを売る変わった自販機として売り出したほうがいい。無人販売なので、人の目を気にせずじっくり選べるのも利点だ。一方で、自販機のラインアップとしても、姿そのままの昆虫ばかりを並べるよりコオロギせんべいのような商品と合わせたほうが売れやすい。とっつきやすい加工品と一緒に並べるからこそ、姿そのままの商品も相乗効果で売れる。「それが⾃販機の強み」(近藤⽒)というのだ。
主な購入目的は「場を盛り上げるためのツールとして」だという。テレビやSNSで昆虫食を知り、話題になればと姿そのままのカブトムシやタガメを飲み会などへの手土産に買う人が多い。中には“虫の味”が気に入る人もおり、特にコオロギせんべいや竹虫(バンブーワーム)は、「おいしい」とリピーターからの人気が高いそうだ。
では、昆虫食は自販機でどの程度売れるのか。飲料を買う人よりは少ないものの、売り上げは好調のようだ。それというのも、飲料の自販機は無数にあるため、他社の自販機を含めて売り上げが分散する。しかも、単価が安い。一方で、昆虫食の単価は安いものでも450円。高いものになると2000円以上する。「売れる昆虫食自販機は、よく売れる飲料自販機の10倍ほどの売り上げがある」と近藤氏。現状、原価率は50%を超えるが、販売力が上がれば仕入れ値も抑えられるはずだという。
とはいえ、自販機でのビジネスはまだ始まったばかり。「物珍しいものを販売しても、(消費者が)わざわざ足を運んでくれるのは話題になっているときだけ。そのうち必ず飽きられる」と近藤氏は冷静だ。そのため、品ぞろえや1つのパッケージにする昆虫の種類などを頻繁に入れ替えたり、廃棄ロスが目立てば運営方法を見直したりと工夫しながら展開する。本業のコインロッカー事業とは一線を画しながら、直営による小回りの利く態勢で管理・運営していく方針だ。
女性向け「ポストタピオカ」狙う自販機も
その一方で、コンセプトを絞り、リピーター客を狙った昆虫食自販機を展開している企業もある。それが亜細亜Tokyo World(東京・新宿)だ。同社が運営するジビエ居酒屋「米とサーカス」では、鹿や熊、イノシシなどに加え、昆虫を使ったメニューなどを実施してきた。
客がお土産として買えるように、19年4月には米とサーカス高田馬場店の店頭に都内で初めて昆虫食自販機を設置。続く19年7月には東京・秋葉原に2つ目の昆虫食自販機を設置している。
このうちユニークなのは、秋葉原の自販機だ。ピンクのきょう体に、カラフルなオリジナルパッケージに入った昆虫食を並べ、「MOGBUG」(モグバグ)という名称でブランディング。明確に女性向けを打ち出している。
PR担当の宮下慧氏によると、同社が注目するのは10~20代女性の発信力。「女性の方が広めてくれるのでは」と期待を込めた。商品パッケージも「バッグからちら見えしたらかわいい」を意識したという。
また、女性向けとして栄養価の高さもアピールする。昆虫食は、低脂質かつ高タンパク質、必須アミノ酸やビタミン、ミネラル、食物繊維なども豊富な食品であること。このため、海外では“ギルトフリー”(罪悪感を抱かずに食欲を満たせる食品)なスナックとしても注目されるスーパーフードであることなどだ。「モデルが健康を意識して昆虫を食べている。小魚をぽりぽり食べるように昆虫食を食べることを広めたい」と宮下氏。「目指すのはタピオカの次のトレンド」と意欲を見せた。
そもそも同社が女性をターゲットにしたのは「女性の方が昆虫食に抵抗がない」と実感したためだという。米とサーカスには「昆虫6種食べ比べセット」というメニューがあるが、「先に手を出すのは若い女性。7センチぐらいのタガメを切り裂いて中身だけ食べるメニューを出しても楽しそうにしてくれる。昆虫をかわいくあしらったスイーツもきゃっきゃ言いながら写真を撮ってインスタに上げ、完食する」。そう言う宮下氏自身も女性だ。
アールオーエヌの辻氏の実感も同様だ。「女性の方が食に対するハードルが低い印象。若いOLや学生が『どんな味?どんな味?』とか言いながら、むちゃくちゃ大きなイモムシを食べる」と驚きを口にする。
今はまだ“話のネタ”レベルの昆虫食。だが、辻氏によると「ヨーロッパイエコオロギはおいしい。大豆のような、香ばしく口当たりの良い味」とのこと。毎朝ヨーグルトにドライパックの大豆を交ぜて食べる筆者も、そのうち昆虫を入れるようになるだろうか。