本能寺の変 光秀vs秀吉の派閥争いがクーデターに

JR岐阜駅前の信長像(2017年7月撮影)
JR岐阜駅前の信長像(2017年7月撮影)
天正10年(1582年)6月2日早朝、明智光秀は京都・本能寺に織田信長を奇襲しました。「本能寺の変」です。日本史のなかでも真相が謎に包まれている出来事の一つですが、最新研究では、織田軍団内における重臣間の派閥抗争の影響が光秀のクーデターに結びついたと指摘されています。いわば役員間の争いが、巡り巡ってクーデターを引き起こし成功した形です。現代の企業社会にも通じるガバナンス(統治)の死角を藤田達生・三重大副学長に聞きました。
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