新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、お盆は外出を控えた人も多いはず。こんなときだからこそ、話題のビジネス書を片手に、日々の仕事や働き方を振り返ってみるのはどうだろう。『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』など、ビジネス書に関する著書もある荒木博行氏と共に2020年上半期のベストセラーを振り返り、今、仕事に役立つ本を考える。

2020年を境にビジネスは大きく変わる

――取次大手の日販、トーハンの2020年上半期ビジネス書ランキングではいずれも1位が『FACTFULNESS』となりました。他に『メモの魔力』や『2030年の世界地図』も19年から現在に至るまで売れています。このランキングを見て、荒木さんはどんなトレンドをお感じになりますか。

『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリングほか/日経BP)
『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリングほか/日経BP)

荒木氏 あえて言うなら、ビジネスの変革期だということでしょう。これは僕が感じている問題意識でもありますが、20年を境にビジネスで何を目指すかという大前提が大きく変わると見ています。

 20年2月に出たばかりの『経営改革大全 企業を壊す100の誤解』(名和高司/日本経済新聞出版)でも取り上げられていましたが、今、「トリプル・ボトム・ライン」という概念が注目されています。これは、企業を「Profit(利益)」「People(人)」「Planet(地球)」という3つの「P」の側面から評価しようというもの。ここでいうPeopleとは、労働環境の整備やダイバーシティーも含め、社員が健康に生き生きと働けるかということを示します。Planetは、環境問題やサステナビリティーへの取り組みなどが挙げられます。つまり従来の利益重視の考えに、社会的、環境的側面が加わるわけです。

 こういう概念が定着すると、会社経営に求められるものは大きく変わってきます。これまで、企業なら売り上げや利益を求めるのが当たり前でしたが、そもそも成長する必要があるのかという疑問が出てきます。若手からは「無理に利益を上げて、それで地球にいいんですか?」「社員のモチベーションを下げながら成長しても仕方がないじゃないですか?」という意見が上がるかもしれません。

――スタートアップの中には、無理な事業拡大はせず、自分たちにとっての最適サイズを目指せばいいという経営者もいます。

荒木氏 京都の国産牛ステーキ丼専門店「佰食屋(ひゃくしょくや)」などもそうですよね。1日100食しか売らない、それで事業は成立させつつ、社員の働きやすさも両立するという考え方です。

 20年上半期のビジネス書ランキングに落合陽一氏の『2030年の世界地図帳』(日販6位、トーハン8位)が入っているのもその象徴だと思います。

――『2030年の世界地図帳』は、SDGs(持続可能な開発目標)を軸にこれからの経済を展望する本ですね。

荒木氏 ええ。ビジネスに、利益だけじゃない新しいゲームのルールが加わってきていることを意識している人がそれだけ多いということじゃないでしょうか。

『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(落合陽一/SBクリエイティブ)
『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(落合陽一/SBクリエイティブ)

コロナ禍で重要度が増す「話す力」

――日販の3位とトーハンの2位に『人は話し方が9割』、日販の9位に『超一流の雑談力』、トーハンの9位に『話すチカラ』が入りました。15年発行の『超一流の雑談力』が再び売れているようです。「話す」ことにも関心が高まっている印象です。

荒木氏 このランキングには新型コロナウイルス感染症拡大の影響がまだ反映されていないと思うんですが、コミュニケーションに対する潜在的な問題意識も20年を境に変質するでしょうね。オフィスで働くのが当たり前だった従来は、同じ空間でのコミュニケーションが大前提でした。それがテレワークになった途端、違う力学が働いて、コミュニケーションの難易度が2割くらい難しくなると思うんです。

 人間は言葉以外にも様々なメッセージを出しています。だから、対面していると「楽しそうだな」とか「イライラしているな」とか、「今は話しかけて大丈夫かな」とか「やめとこうかな」とか様々な判断ができました。

 ですが、これからのコミュニケーションはオンラインが増えていきます。もしかしたら初対面からオンラインかもしれない。通信環境が不安定で通話が途切れたりすることもあるでしょう。そんな中で、ビデオ会議や電話、チャットなどのツールを使い、短い時間で、適切な意図を、相手の文脈に即していかに伝えられるかがすごく大事になってきます。僕はグロービス経営大学院でビジネスパーソンに向けた講義をする機会がありますが、これはみんなが頭を抱えていることだと実感しています。

左から『人は話し方が9割』(永松茂久/すばる舎)、『超一流の雑談力』(安田正/文響社)、『話すチカラ』(齋藤孝、安住紳一郎/ダイヤモンド社)
左から『人は話し方が9割』(永松茂久/すばる舎)、『超一流の雑談力』(安田正/文響社)、『話すチカラ』(齋藤孝、安住紳一郎/ダイヤモンド社)

――新型コロナが深刻化する前からコミュニケーションに対する問題意識はあったけれど、テレワークが前提になってその意識が一層高まる可能性があるということですね。

荒木氏 20年上半期のランキングには入っていませんが、伊藤羊一氏の『1分で話せ』(SBクリエイティブ)も非常によく売れていますよね。

――18年に発行され、同年は日販が5位、トーハンは8位、19年は日販が4位、トーハンは8位ですね。

荒木氏 この本なども改めて注目されるのではないかと思います。短時間で的確に、しかも言語だけで伝えるコミュニケーションの力です。

 一方で、『超一流の雑談力』が再びランキングに入ってきているのは、「雑談」への関心も高まっていることの表れかなと思います。今までオフィスで何気なく交わしていた雑談がリモートになった瞬間になくなった。その途端、ずっと無駄だと思っていたあの雑談が、実はめちゃくちゃ意味があったと気づいた人もいるのではないでしょうか。

 「ザッソウ」という概念はご存じですか? 「雑談」と「相談」で「ザッソウ」。倉貫義人氏の著書「ザッソウ 結果を出すチームの習慣 ホウレンソウに代わる『雑談+相談』」で、「ホウレンソウ」(報告・連絡・相談)とは異なるコミュニケーションの形として提示されています。

 単なる雑談ならそれまでですが、雑談のノリを入れた相談はいろいろなものを生み出すことがあります。「こんなものがあったら面白いのに」といった会話から新たな企画が生まれたりね。今後は、その時間をいかに確保するかが大事。意図してつくらなければいけなくなるかもしれません。

――「こんなのどうかな」と話したアイデアに「面白いんじゃない?」という反応が返ってくることで背中を押されて企画提案したり、「こういう話もあるよ」と参考になる情報をもらえたりすることはありますよね。

荒木氏 その通りです。つまり、短い時間で無駄なくスパッと伝えるコミュニケーションと、冗長で結論がなくてもアイデアを刺激し合う雑談のようなコミュニケーション、その2軸がこれから求められるんじゃないでしょうか。今まではそれらをひとまとめに捉えていたけれど、実は使う“筋肉”が違いますよね。

「繊細さん」が注目される時代

荒木氏 もう一つ、20年上半期ランキングに『「繊細さん」の本』が入っているのが面白いと感じました。これは先の3つのPでいうところのPeopleに入ってくるテーマです。

 この本で言う「繊細さん」とはHSP(Highly Sensitive Person)と呼ばれる生まれつき繊細な人、敏感な人のこと。相手の気持ちを気にしすぎて自分の意見が言えなかったり、周りに機嫌が悪い人がいるだけで緊張したり、細部まで気になって仕事に時間がかかったりします。

 こういう人たちは、従来の利益優先のルールではなかなか評価されなかったかもしれません。でも、ゲームのルールが変われば必要な人材も変わります。これからはこうした特性を他の人とは違う能力として認め、ポジティブに生かそうという動きが出てくると思います。

『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本』(武田友紀/飛鳥新社)
『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本』(武田友紀/飛鳥新社)

――まさに多様性の時代ですね。近年は、ダイバーシティーということがずっといわれていますが、そこで議論される多様性が女性活躍や働き方改革に収れんしてしまい、ステレオタイプ化していた印象もあります。こうした議論の対象としてこれまで抜け落ちてきた人たちにも目が向けられるということですね。かつて『鈍感力』(渡辺淳一/集英社)がベストセラーになったことを思い出し、時代の変化を感じました。

荒木氏 それは面白い比較かもしれません。「鈍感力」と「繊細さん」は似ているようで出てきた文脈が全く違います。鈍感力は利益重視のルールの中でたくましく生き延びるための1つの術(すべ)のようでしたが、繊細さんはそれが難しい特性を持つ人を社会として尊重する文脈です。

時代のキーワードは「遠心力」と「求心力」

荒木氏 僕は、これからの時代のキーワードは「遠心力」「求心力」だと思っているんです。遠心力はダイバーシティーのように、いろんな人がそれぞれの独自性を生かし、自由に生きていこうとする、外に広がる力。男女というプリミティブなダイバーシティーもそうだし、外国人、高齢者、「繊細さん」のような個々の特性など、様々な切り口がこれからどんどん出てくるでしょう。企業としても、様々な人がいて、それぞれが自由に考えることが経営の力につながるというメッセージを出していくことを求められます。

 一方で、遠心力だけでは人はバラバラになってしまう。多様な人たちを柔らかく統合するためのコアになる求心力が必要になります。ただ、繰り返しになりますが、ビジネスの前提が変わった現在では、目先の利益や「何億円企業になる」といった経済的ビジョンだけでは求心力として不十分です。そこで、近年注目されている「Purpose」(存在意義)という概念や自分たちが何を大切にし、どんな世の中をつくりたいのかという世界観などが重要度を増しているのです。

 遠心力と求心力――この両極がうまくはまると経営としてものすごく力を発揮できる。バランスが非常に大事です。書籍の分野でも、今後はこの遠心力と求心力、そしてそれを社内外と共有するためのコミュニケーションをテーマにしたものが売れるのではないでしょうか。

荒木博行(あらきひろゆき)氏
学びデザイン社長
1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、住友商事を経て、2003年にグロービスに入社。15年にグロービス経営大学院副研究科長に就任。18年に同社を退社し、学びデザインを設立。書籍要約サービス「フライヤー」のアドバイザー兼エバンジェリストも務める。『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『世界「倒産」図鑑』(日経BP)などビジネスに関する著書多数

第2回「プロマーケターが選ぶ 『利他』時代に仕事のあり方を考える6冊」に続きます。

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