富永 マーケターではないですが、亡くなってしまったゲームクリエーターの飯野賢治さんは私にマーケティングについての示唆を与えてくれた方です。音だけのゲームなどが有名で、作品も本人もちゃめっ気にあふれていました。望遠鏡のようにびゅーんと遠くまで見渡すときもあれば、顕微鏡のようにミクロの世界にフォーカスすることもあって、その振れ幅が魅力でした。

飯野さんに出会ったのは日本コカ・コーラで、携帯電話に連動した自動販売機システム「Cmode」の企画をしていたときです。自販機メーカーから出てきたデザインが違和感のあるものばかりで、プロジェクトマネジャーだった私はその違和感をうまく説明できなくてプロジェクトが難航していたんです。そのときに途中からプロジェクトに参加したのが飯野さんでした。

飯野さんは自販機をメディアとして考えたときにどうあるべきかという本質を、ぱっと言い当てたんです。「普通の自販機のモードと、携帯電話と連動しているときのモードと2種類のモードが1つの自販機に入っているということが、一目でわからないといけないはずです」と整理した。デザインの力やメディアとは何かを教えてもらった。こんな経験は後にも先にもなくて、今でも仕事の礎になっています。

経験で審美眼を鍛える

横塚 そんな人にはどうやったらなれるのでしょうか。

富永 勉強も大事だけど、どこかに行ってみるとか人に会ってみる、何かを使ってみるといった経験も大事です。そうすることで、勉強だけでは見えてこない複雑なストーリーが手に入り、それによって自分の審美眼があがっていきます。審美眼を鍛えるには、たくさん経験をして自分の中で比較できる対象を増やすしかない。

横塚 審美眼、なるほど!マーケティングの仕事で、美しいものと美しくないものってあるんでしょうか。

富永 難しいことを聞きますね。

横塚 今インターンをしているベンチャー企業は化粧品を販売しているのですが、化粧品業界だとコンプレックスに訴えかけるような広告も多いので、そういうことはあまり自分はしたくないし、美しくないのかなと思いました。

富永 確かに人の弱さにつけ込むのは美しくない。一方で、人が何かにモチベーションを感じてくれるようにマーケティング戦略を設計することはビジネスの範囲だと思う。その境界は曖昧です。

美しさは2種類あると思います。まずわかりやすいのは、友情とか愛とか誰もがポジティブな感情で受け入れられるコミュニケーションは一般的に美しいですよね。全ての企業がそれでやっていけたらいいけど、それは難しい。なぜなら美しいだけでは人の記憶に残らないから。

もう一つは、メッセージにインパクトがあって、これってなんだろうと思わせたあとに、なるほどこういうことか、という種明かしがあるようなもの。驚きと納得のギャップの幅、そのストーリーテリングが見事であればあるほど人の心に残る。私の考えでは、マーケティングが具備すべき美しさというのはそういうところにあると思うんですよね。

SNSで陰と陽という話をしましたが、前提として人間には二面性があるということを理解していないと、驚きのストーリーは作れない。それはマーケティングだけではなくて営業などの仕事も本質は同じです。仕事の真ん中には人間理解があると私は思います。

(文・構成 安田亜紀代)

富永朋信(とみなが・とものぶ)氏
1992年コダックに入社。日本コカ・コーラなど9社でマーケティング関連職務を経験。このうち、ソラーレホテルズアンドリゾーツ、西友、ドミノ・ピザ ジャパンでCMO。西友では同社のイメージを一変させるキャンペーンを連発した。19年にAI(人工知能)開発のプリファード・ネットワークスで執行役員CMOに就任。著書に「『幸せ』をつかむ戦略」(日経BP)など。

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