「君たち解散したら」 社長のひと言にあっさり承諾バンダイナムコアーツ 副社長 井上俊次氏(9)

80年12月、レイジーはアルバム「宇宙船地球号」を発売。収録曲のほとんどを高崎晃氏らメンバーが作曲。伊集院氏も「伊達歩」名義で作詞に参加した。日本のロックファンが名盤に数える1枚だ。

5人が各自の音楽を突き詰める経験をしたことで、メンバーの方向性の違いがはっきりしました。たっかん(高崎氏)と樋口さんはさらに激しさを追求したい。景山(影山ヒロノブ)君はソロ。私は「アダルト・オリエンテッド・ロック(AOR)」に傾倒していました。デヴィット・フォスターが所属した米ロックバンドのエアプレイのレコードを聴いて「これだ!」と直感したのです。「その時」は迫っていました。

「もうさ、君たち解散したらいいじゃない」。81年の年明け早々、そう切り出したのは藤田社長でした。メンバー間で音楽性の違いがはっきりしていたぼくらもあっさり承諾。2月18日に予定した景山君のバースデーライブを解散発表の日と決めました。

デビューのチャンスを与えてくれたかまやつひろし(ムッシュかまやつ)さんには報告しなければなりません。解散発表の前夜、大阪にかまやつさんを訪ねました。「ぼくたち、解散します」。かまやつさんは「うーん」とうなって、何も言ってくれません。おもむろに口を開いて「ディスコに行こうか」。なぜかディスコで踊り狂いました。

翌日、東京の調布市グリーンホールでレイジー解散を発表しました。

解散ラストライブは5月31日の名古屋公演です。ラストライブの最後、曲終わりにドラムやギターを鳴らして盛り上げる「かき回し」がなかなか終わらない。みんな終わらせたくないから、20分くらい続けたのではないでしょうか。ライブ後は5人で飲み明かして「みんな元気でな」。それっきりです。ラウドネスを結成したたっかんと樋口さんの2人やソロ活動に入った景山君とは何年も会うことはありませんでした。

[日経産業新聞 2018年7月31日付]

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