ムードを壊す「逆に」の連発

こういう失敗を避けるには、まず「聞く」という行為の大切さを再確認する必要がある。自信家ほど、自分がしゃべることを優先しがちだ。まるで、しゃべったワード数や時間で「勝ち負け」を意識するようにも見える。

当たり前の話だが、対話は勝負事ではない。サッカーのボール支配率のように、対話での「時間支配率」を競うのは、自己満足でしかない。自分が長くしゃべればしゃべるほど、相手は発言の意欲がそがれてしまい、ますます「支配率」は自分優勢に傾く。だからといって、メリットはない。

ビジネスシーンの場合、対話はゴールですらない。そこから引き出されたアイデアや企画が次のビジネスを生む。矢継ぎ早の質問で相手をげんなりさせてしまえば、次の展開が先細る。つまり、しゃべりで勝って、仕事で負けるという結果になりかねない。これでは「勝ち」とはいえない。

ディベートや裁判劇のイメージが悪影響を与えているのかもしれない。「論破」という言葉がプラスイメージを伴ってもてはやされたこともある。

しかし、ディベートはルールに基づく競技だ。裁判はさらにシビアな争いの場であり、相手の言い分を抑え込むことも時に求められる。協調して成果を求めるビジネスとは別物だ。ビジネスシーンでは相手を論破しても、利益につながらないことが多い。

「タイミングを見計らって、揚げ足を取ってやる」「少しでも論理が揺らいだら、論破してやる」といった気負いは相手の心を閉ざすだけだ。基本的にビジネストークに過剰な「攻め」の姿勢は不要というより、むしろマイナスだ。

たとえば、相手の発言を受けて、いちいち「逆に」と切り返す人がいる。持論の独自性を強調するために、上からかぶせていくような態度だ。しかし、こういう物言いが続くと、「逆に」と言うためだけの論点づくりに走りがちとなり、ひねくれたキャラクターを印象づけてしまう。いわゆる「反論のための反論」だ。度が過ぎれば、対話の雰囲気はすさんでいく。

予定調和主義の段取り志向を避け、不毛な攻撃的トークを自制するには、どうすればよいのか。私が考える最善手は「傾聴」の意識を持つことだ。

「傾聴」とは、目の前にいる、今この瞬間を共にする人への興味・関心に耳をそばだてることだ。近年は傾聴をビジネススキルと位置づける取り組みも広がっている。私の所属する日本産業カウンセラー協会は、対人関係など様々な問題を「傾聴スキル」を生かして改善する取り組みを広めている。

カウンセリングでは「傾聴」を、単に「話を聴く」というより「相手が言いたいこと、伝えたいこと」に「深く丁寧に耳を傾け」、相手を「共感的に理解すること」と位置づけている。

まずは相手の話を、言葉だけでなく、表情・しぐさをも感じ取りつつ、積極的に「聞きながら理解する」行為が「傾聴」だ。「なぜ?」「どうして?」と理屈で切り込むのではない。「○○でしたよね」と念押ししたり、押しつけたりもしない。

「傾聴」を学んだきっかけは40歳を過ぎてから通った、カウンセリング心理学を教える大学院入学だった。そこでは様々な流派の様々な技法を学んだ。多くの場合、基本は「話の聴き方」だった。複数の学会が主催する「傾聴訓練」や「傾聴ボランティア活動」に参加した。後に教育施設でのカウンセリング業務に就いたり、医療施設に非常勤で働いたりしたときにも「傾聴」は大いに役立った。

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対話のエンジンは相手への興味・関心