ひらめきブックレビュー

プレゼンの達人が指南 伝わる一歩は「聞き手を知る」 『未来を創るプレゼン』

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本書『未来を創るプレゼン』に目をとめた人は、プレゼンに苦手意識があるのかもしれない。あるいは近々プレゼンをする予定があるのか。すぐに使えるスキルを求めているならば、本書の内容は少し肩透かしを食らうかもしれない。テクニックというよりも、表現者としての心構え、さらに言うと仕事への向き合い方にも論が及んでいるからだ。だが間違いなく、プレゼンに向かう勇気を与えてくれる。

本書は、「プレゼンの神」と呼ばれる伊藤羊一氏と澤円氏が、プレゼンを巡ってそれぞれの思いを語った一冊。前半に「思索編」「行動編」があり、後半に両氏の対談を収録する構成になっており、実践的なメソッドだけでなく、仕事や人生に対する考え方も明らかにされている。著者の伊藤羊一氏はYahoo!アカデミア学長、澤円氏は日本マイクロソフトで業務執行役員を務める。

■「譲れない想い」を発信

「思索編」より、伊藤氏の考えを紹介したい。それは「譲れない想いをもつ」ことの大切さだ。今でこそ若手リーダーを育成する立場にある伊藤氏だが、若かりし頃はまったく仕事のできない不良社員だったという。入社した銀行ではうつ状態で苦しんでおり、毎朝吐きながら出社していた。だが、周囲がさじを投げた融資の案件を担当することになり、転機が訪れる。先輩や上司の助けを借りて無事に案件が成立できたのだ。初めて得た充実感に、伊藤氏は「人は変われる」という信念を抱いたそうだ。

この信念が伊藤氏の譲れない想いとなった。自分も変われたのだから、人はみな変化することができる。伊藤氏はプレゼンターとしていつも「人は変われる、だから大丈夫」というメッセージを発信しているという。譲れない想いとは志だと伊藤氏は述べる。自分の志をしっかり認識しているからこそ、プレゼンの際の言葉に説得力が出るのだろう。

■「他者目線」の基本に立ち返る

具体的にプレゼンをうまくやるコツについて、「行動編」から澤氏の考えを見てみよう。澤氏曰く、聞いている相手をハッピーにさせるプレゼンが良いプレゼンだ。

こんな例がある。ある起業家がネイルシールを簡単にオーダーできるサービスを、コンテストでプレゼンすることになった。商品は女性向けのものであり、審査員は中高年のおじさんだったため、どうせ聞いてくれないだろう、とその起業家は思った。だが澤氏はそんなおじさんたちを「ネイルが出来ない女性の問題を解決できる人」と見なす。つまり、「このシールを困っている女性にプレゼントしたら喜ばれますよ!」とプレゼンすれば、一気に審査員は「当事者」となって話を聞いてくれる、と説明している。内容を分かってもらおうと躍起になるよりも、プレゼンを聞く相手に関心を注ぎ、幸せにする気持ちが聴衆の心を開くのだ。

本書を通読して感じるのは、伊藤氏も澤氏も、徹底して「他者」へ意識が向いているということだ。思えばプレゼンで緊張するのは関心が「自分」に向かっているから。プレゼンスキルの向上とともに、他者目線に立つ、というコミュニケーションの本質を教えてくれる一冊だ。

今回の評者 = 山田周平
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームの一員。埼玉県出身。早大卒。

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