ひらめきブックレビュー

若者が移住したい町 福岡・糸島ブームを生んだ公務員 『逆転人生の糸島ブランド戦略』

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「糸島市」をご存じだろうか。福岡県の最西部に位置し、海と山に囲まれた自然豊かな場所だ。アクティビティも楽しめ、カキやハマグリ、天然マダイなどの新鮮な食材も採れる。福岡市の都市部から車で30分ほどというアクセスの良さも相まって、近年観光客や移住者が急増している。

その「糸島ブーム」の陰で、「糸島ブランド」を確立して地域の力をより高めようと奮闘してきた町役場の取り組みがあった。本書『逆転人生の糸島ブランド戦略』は、その舞台裏の記録。糸島市企画部経営戦略課の岡祐輔氏が、糸島の住人を増やし、地元経済を豊かにしていくというミッションを推進するようすを、経営学修士(MBA)の理論と共につづっている。著者は、MBAホルダーの現役公務員だ。

■「糸島産ふともずく」をPR

著者が始めた取り組みのひとつが「糸島マーケティング事業」だ。これは、糸島の課題であった「食」分野でのマーケティングに焦点を絞り、市で支援をしていこうというもの。糸島の食材を「外に売っていく」ことを目指し、福岡市のマーケット開拓をもくろむなかで目をつけたのが「博多の女子高生」だった。マーケティングの授業をしている女子高に掛け合い、女子高生を糸島の食材のマーケティングに巻き込んだのである。

女子高生の視点や協力を借りて課題や魅力をクリアにしていった「糸島産ふともずく」は、全国コンテストである「フード・アクション・ニッポンアワード2017」のローソン賞を獲得。糸島のマイナー食材が全国区に躍り出ることとなった。

地元の高校ではなく外部の高校を選んだことで批判の声もあった。だがその理由について、著者は「弱い紐帯(ちゅうたい)の強さ」という企業経営でも注目のネットワーク理論を引き合いに出している。外部とのつながりを持つ人間がいるほうが、組織にイノベーションが起こりやすいのだ。経営学を政策に生かすのが著者は得意なのである。

■泥臭さとスマートさの共存

この事業により「内閣府地方創生☆政策アイデアコンテスト2016年」の地方創生大臣賞を受賞した岡氏。華々しいスーパー公務員に見えるが、ここまでくるのに挫折や苦労も多かった。安易に入学した歯科大学ではモチベーションがあがらず、休学。公務員へと転身するも、仕事をじっくり教えてもらえる環境ではなく、その仕事ぶりに利用者から「税金の無駄」と投稿された。明日にも公務員を辞めようと何度も思ったそうだ。

だが、学生時代に「楽な道」を選んでしまった後悔、そして大学を中退したというコンプレックスが著者を突き動かした。公共経営に民間の手法を持ち込むためMBAに焦点を当ててからは、本業と勉強の二足のわらじを履いた。4年間かけて放送大学で学び大卒の資格を取得、続けてビジネススクールで2年学んだという。

著者が成功した理由を、MBAの知識だけに求めてはいけないのかもしれない。適性がないと悩んだり、うまく行かなくて落ち込んだり、遠回りした時間が物事に対する粘り腰で前向きな姿勢を生み出した。その泥臭さとスマートな経営学の知識とが合わさり、著者の能力が花開いたのだろう。明日の仕事への意欲をかき立てられる一冊だ。

今回の評者 = 安藤奈々
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。早大卒。

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