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新規事業が成功する経営 土台は「空振り」を許す組織 『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』

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「イノベーション」という言葉が市民権を得て久しい。会社の維持・発展に新規事業やイノベーションが重要だということは、広く認知されている。ただし、自社でイノベーションを起こせと言われても、正直、うまくいく気がしない……。そんな方は、意外と多いのではないか。

本書『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』を読めば、そんな後ろ向きの考え方を払拭できるかもしれない。本書は、新規事業の創出、すなわち企業発イノベーションについて8つのステップに分け、順を追って解説している。ステップごとにつまずきやすいポイントが示されており、失敗を避ける方法を具体的にイメージできる。著者は、スタートアップの支援会社社長で、ベストセラー『起業の科学』の著作がある田所雅之氏だ。

■「空振り」が許される組織

著者によれば、企業発イノベーションを創出できないのは、「組織の構造に問題がある」からだ。日本企業のほとんどは「1階建て」の組織だという。つまり、単層構造のなかに複数の事業部を並列させている。

1階建ての組織とはPL(Profit & Loss=損益)の改善のみが至上命令である組織だ。つまり、業績ばかりを追い求める組織だ。このなかで新規事業を始めようとすると、上司は二言目には「売り上げは?」「費用は?」「いくら儲かるの?」と聞いてくる。こうした組織では、「イノベーションへの活力が奪われてしまい、新たなビジネスの種が摘み取られてしまう」と著者は指摘する。

解決策として著者が提案するのは、組織の構造を「3階建て」にする方法だ。既存事業の「コアビジネス」を1階に置き、その上に「新規事業」に取り組む2階を設ける。さらにその上に、「イノベーション」を手掛ける3階を置く。

2階は、既存商品から派生した事業や、市場が生まれ始めている新しい事業を育てる。これに対して3階は、まったく異なる役割を持つ。破壊的イノベーションの種を見つけるのだ。既存の事業にとらわれない発想で、仮説を立て、それに基づいてユーザーの隠れたインサイトやニーズを探索する、いわば「実験場」である。「仮説が『空振り』に終わることもある。というよりも、空振りになるケースの方が多い」と著者はみる。

重要なのは、役割に応じて組織をはっきりと分離し、KPI(重要業績評価指標)も分けることだ。例えば、2階のKPIはシェアや売り上げをどれだけ伸ばしたかであるのに対し、3階は、顧客の隠れたニーズをいくつ発見したかとか、ニーズの仮説を立てて検証を行った回数などを評価指標にしなければならない。つまり、空振りばかりでも評価されるのが3階なのだ。

■新陳代謝を継続する

3階の実験場でうまい具合に市場が生まれたら、その事業は2階に降ろして成長させる。2階で市場が成熟してきたら、さらに1階に降ろす。この「新陳代謝」ができるようになれば、企業発イノベーションを継続的に創出できるというのが、著者の主張だ。

それぞれの階に、重要な役割がある。1階が稼いでくれるから3階の仕事が成り立つし、3階がイノベーションを生み出せなければ、既存事業だけではいつか行き詰まるだろう。3階建て組織を機能させるには、それぞれの階の住民が、互いの役割や重要性を理解し、尊重し合うことが欠かせない。

企業発イノベーションの成否は、結局のところ、組織の多様性の尊重にかかっているのではないか。本書を熟読するべきなのは、新規事業の担当者だけではなさそうだ。

今回の評者=前田真織
2020年から情報工場エディター。2008年以降、編集プロダクションにて書籍・雑誌・ウェブ媒体の文字コンテンツの企画・取材・執筆・編集に携わる。島根県浜田市出身。

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