ひらめきブックレビュー

紙もデジタルも深く理解 子どもの「読字脳」の鍛え方 『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳』

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

私には2歳の息子がいるが、興味を伸ばすつもりで、本人が好きな電車のアニメーションを見せていた。だが、デジタル情報の与え方にはしっかりとした戦略が必要なようだ。

本書『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳』(大田直子訳)はデジタル媒体で読む場合と、紙の本で読む場合とで文字や文章に対する脳の認知プロセスがどう異なるか、すなわち「読み方」がどのように変わるのかを科学的知見を踏まえて解き明かしたものだ。紙の本が「深い読み」に誘う一方で、デジタル画面では「斜め読み」になりやすいという。そうした媒体による読み方の違いを理解した上で、紙でもデジタルでも「良い読み手」になることを本書は提言している。

著者のメアリアン・ウルフ氏は認知神経科学、発達心理学の研究者。著書に「読む脳」(読字・読書と脳の発達の関係)の研究成果をまとめた『プルーストとイカ――読書は脳をどのように変えるのか?』がある。

■デジタル画面では「読み流し」

本書によると人間の会話能力が遺伝的・生物学的に脳に備わっている一方で、読み書き能力は後天的に獲得してきた文化的なものだ。近年のデジタル文化への移行は、人類史上屈指の変化であり「読む脳が影響を受けないはずがない」というのが著者の前提になっている。紙の本とデジタルとでまず変わってくるのが、深く考えながら読むこと、すなわち「注意の質」だ。

紙の本で注意深く読むとき、脳の中では言語野だけでなく触覚や運動に関する領域も活性化する。例えばトルストイの『アンナ・カレーニナ』で主人公が列車に飛び込む場面を読むとき、読み手の脳内では脚や胴体を動かすときに使う運動皮質が活性化する。つまり読み手は、主人公アンナと「同じ経験」をしているのだ。こうした体験的な読みは、多様な視点の獲得につながり、他者に共感し理解する力を育むという。

ところがデジタルでの読み方は、膨大な情報にさらされるためキーワードを拾うだけの「斜め読み」になりやすい。さらに文脈や背景へ注意を払わない「画面通り」「文字通り」の読み方になる可能性が指摘されている。いったんデジタルでの読み方に慣れると、紙の本を読んでもデジタル式になる。つまり、深い読みを促すなら、紙の本がふさわしいと本書は説く。

だが、著者はデジタル媒体を否定しているのではない。これからの世代に必要なのは「バイリテラシー脳」の教育だと訴える。つまり、紙でもデジタルでも深く読み、深く考えるように子どもを導こうというのだ。

その育成法が、本書の後半に示されている。基本方針は子ども時代に紙の本とデジタルの、それぞれの良いところに「どっぶり浸(つか)る」こと。まず言葉を覚える幼児の頃は、大人が膝の上で読み聞かせることが大切だ。小学校低学年の間に「紙の本を読んで物語が終わった後も思索を続ける」こと、つまり時間のかかる、深い読み方を学ばせる。並行してこの時期から、デジタルでの読み方を、気をつけるべきことを含めて教えていく。コンピュータのプログラミングを学ぶことも有効だという。読む力を底上げする、演繹(えんえき)、帰納、類推などのスキルが養われるからだ。

数千年の歴史をもつ読み方と最新のデジタル技術での読み方。2つを自在に行き来する新しい読み方が、いま求められているのだ。

今回の評者 = 戎橋昌之
情報工場エディター。元官僚で、現在は官公庁向けコンサルタントとして働く傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。大阪府出身。東大卒。

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。