マーケティングのプロ集団として知られるプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)。成功にばかり光が当たりがちだが、その裏で、P&Gマーケターは多くの失敗を経験している。そこから得た学びを糧に、マーケティングセンスを研ぎ澄ましている。本特集ではあまり知られてないP&Gマーケターの失敗とそれをどうやって次につなげているかを紹介する。

プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)の失敗から学び成長する企業文化がマーケターを成長させている(写真:Shutterstock)
プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)の失敗から学び成長する企業文化がマーケターを成長させている(写真:Shutterstock)

「I never lose. I either win or learn.(私は決して負けない。勝つか学ぶかのどちらかだ)」

 南アフリカ共和国の第8代大統領ネルソン・マンデラ氏の言葉だ。P&Gジャパン執行役員の小林洋貴ブランドマネジメント本部長は、自社の企業文化をこの言葉に例える。どの組織でも挑戦と学びをカルチャーとするP&Gの企業文化と、非常に近い言葉だと説明する。

 マーケティング業界において、P&Gが脚光を浴び始めたのはいつからだろうか。P&G出身の森岡毅氏はユニバーサル・スタジオ・ジャパンをV字回復に導き、その経験を記した書籍はベストセラーとなった。2019年に「牛丼 超特盛」や「ライザップ牛サラダ」といったヒット商品を連発し、業績が急回復している吉野家ホールディングス。その立役者の伊東正明常務もP&G出身だ(関連記事 「吉野家をV字回復させた敏腕マーケター 伊東常務のヒットの法則」)。アサヒビールが32年ぶりに外部から採用した取締役の松山一雄氏もやはりP&G出身である(関連記事 「P&Gでの大失敗から得た気付き 一人の声がアサヒに革命を起こす」)。

 こうした活躍により、P&GのOBが名をとどろかせたことで、改めてP&Gがマーケティングのプロ集団として認識されるようになった。マーケティングのプロが育つ理由として、会社の歴史で培ったノウハウを体系化したさまざまなフレームワーク、戦略を先鋭化させるメソッド、人事制度にも組み込んだ教育体制などが知られる。

 ただ、成功の陰には挫折もある。P&Gマーケターの華々しい実績に目を奪われがちだが、彼らが多くの失敗を積み重ねていることはあまり知られていない。P&Gのマーケターでも、用意されたフレームワークを駆使して、すぐに成功街道をひた走れるわけではない。フレームワークはあくまで仕組みにすぎない。使いこなすためには数多の失敗で得た経験や工夫が必要だ。失敗を糧として成長につなげるP&Gの社風や仕組みが、マーケティングのプロを育てているのだ。徹底したWin or learn。本特集ではあまり知られていなかった、P&Gの新たな一面に迫る。

パンパースを成功させた「コア・アンド・モア」

 最初の登場人物はP&Gジャパンの小林ブランドマネジメント本部長だ。小林氏は女性用生理用品「ウィスパー」で、戦略的製品が鳴かず飛ばずのまま販売終了する大失敗を味わった。その経験から、「コア・アンド・モア」というブランド戦略の重要性に気付き、紙おむつ「パンパース」の戦略的製品を成功に導いた。

プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&G)執行役員の小林洋貴ブランドマネジメント本部長
プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&G)執行役員の小林洋貴ブランドマネジメント本部長

 P&Gはパンパースブランドで、病産院向け低出生体重児用紙おむつを販売している。スーパーやコンビニエンスストアなどで販売する、マスプロダクトのイメージが強いパンパースだが、出生間もない新生児を扱う病産院向けの紙おむつは重要な製品の1つ。そのうち低出生体重児用は早産などで生まれてきた、体重2000グラム未満の赤ちゃん向けの製品だ。

 P&Gは、この低出生体重児用紙おむつを17年4月に刷新した。刷新に当たり、20を超える新しいイノベーションが盛り込まれた。例えば、「どこでもテープ」によって、赤ちゃんがどんな体勢でもしっかりフィットするように、どこにでも留められるようになった。前後どちらでも使用可能なリバーシブル機能も加わった。手のひらに乗る軽さも特徴の1つだ。さらに、より体重が少ない赤ちゃん用紙おむつ「P-3」を発売。800グラム未満の赤ちゃん向けに開発された世界初の製品だった。

 この低出生体重児用紙おむつのマーケティングを主導したのが、小林氏だ。14年~19年にかけて日本やスイスでパンパースのブランドマネジャーを担当した。小林氏がこれらの製品の訴求ポイントとして定めたのは「赤ちゃんの眠りを妨げない」こと。新技術が数多く盛り込まれた製品だったにも関わらず、あえて機能性にフォーカスしなかった。その選択にウィスパーでの失敗が生かされている。マーケティング戦略の根幹となるのがコア・アンド・モアという考え方だ。コアとはブランドの理念や提供するコアバリューを指す。モアは付加価値だ。

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