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純和風の温泉旅館「日勝生加賀屋(台湾加賀屋)」は2010年12月に開業した

純和風の温泉旅館「日勝生加賀屋(台湾加賀屋)」は2010年12月に開業した

石川県内にとどまらず、日本の旅館の代表格である加賀屋(同県七尾市)。3代目の社長で現取締役相談役の小田禎彦氏は、旅行業界紙の「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で長く連続日本一に選出されたサービスの礎を築いてきました。小田氏の「仕事人秘録」第1回では、加賀屋に息づく「おもてなし」の精神を語ります。

(2)「お客のため」子供時代から 経営、父母の議論に学ぶ >>

おもてなしは日本の宝 繁盛旅館が地方を潤す

加賀屋の小田禎彦相談役

加賀屋の小田禎彦相談役

「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」では旅館の生命線であるおもてなしの力を評価してもらった。加賀屋ではおもてなしを「相手の意を読み取り、先回りして意を現実のものとして差し上げる策を持つこと」と定義している。お客の会話から誕生日だと分かれば贈り物を渡すなど、先回りした心づくしに努める。150人の客室係のモットーは「笑顔で気働き」。一人ひとりの機転が大切だ。

加賀屋は1906年、農業をしていた祖父、小田與吉郎が石川県の加賀地域から能登半島の和倉温泉に移り、創業した。最初は12室だった。

2代目社長の父、與之正は「旅館はおぞい商売だ」とよく言っていた。「おぞい」とは能登の言葉で「みじめ」を意味する。お客に酒を飲ませて、ぜいたくを助長する産業として冷たい目でみられた時期が長かった。銀行からカネを借りようにも、製造業の後回しになり、よく苦労していた。

最近は旅館業が地域に貢献する、と考えてくれる人が増えた。都会から人が来て消費をしてもらえば、農業、クリーニング、エネルギー関連など、幅広い産業が潤う。能登は開発が遅れた分、自然が豊かで外国人も興味を持ってくれる。「1周遅れのトップランナー」だと胸を張りたい。

民間研究機関が「2040年時点で896の市町村が消滅する可能性がある」とリポートを出した。なんとも心細い話だ。ただ、田舎に魅力を感じる大都市の人や訪日外国人を呼び込めれば、地方は活性化できる。観光や地域振興にかかわる方々に、私の半生をヒントにしてほしい。

小田禎彦
おだ・さだひこ 1962年立教大経卒。加賀屋に入社し、専務に就任。79年社長、2000年会長。14年取締役相談役。03年には国土交通省の「観光カリスマ百選」に選ばれた。石川県出身。

(2)「お客のため」子供時代から 経営、父母の議論に学ぶ >>

[日経産業新聞 2015年5月25日付]

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