「あり得ない」ホントにゼロ%か 便利言葉に潜むワナ

ありきたり表現がはらむ「思考停止」のリスク

ここ10年ぐらいで一般化した表現には「あり得ない」がある。強い否定ニュアンスを帯びた物言いだが、かなり雑に使われている感じもある。街頭インタビューの映像では、様々な問いかけに対して、この言葉で応じるケースが見受けられる。批判的な気持ちを示す際には、この言葉を使っておけば済むというような態度で、割と便利に使われている。

ただ、実際には複数の選択肢が「あり得る」状況でも、丁寧に各選択肢の優劣を吟味しないで、思考停止のような場当たり的返事として「あり得ない」が使われているきらいもある。「難しい問題」や「微妙」なども、自分の判断をぼかす「回避ワード」として用いられる傾向がある。

常套句や決まり文句がはらむ問題点は、とりあえず、そう言っておけば、その場をやりすごせるという、発言者の思惑がのぞいてしまうところにある。丁寧な言葉選びをサボってしまうような、誠実とはいいにくい心持ちも伝わるから、イメージダウンにもつながりかねない。型通りの態度は、本人の思いや感情を封じ込めてしまい、「本気度」を感じ取りにくくする。

聞き手軽視の態度は時に反感も呼ぶ。かつてロッキード事件の証人喚問で繰り返された「記憶にございません」が批判を浴びたのは、事実関係を隠そうとする態度に加えて、木で鼻をくくったような証人の振るまいが原因だった。

パターンに寄りかかった物言いは別段、記者会見に限らない。たとえば、企業内での事業プレゼンテーションで、「このプロジェクトの目的は大きく分けて3つあります。まず第一に~」といった、やたらと耳慣れた説明にも、こなれすぎた段取りのにおいが漂う。多くの聞き手は「またこのパターンか」と、うんざりしてしまう可能性がある。

「お約束」に乗っかることによって、スムーズに議論を進めるメリットは否定できないが、提案者のパッションが伝わりにくくなるデメリットを伴う。大ヒット商品の腕時計「G-SHOCK」を発案したカシオ計算機社員が「落としても壊れない丈夫な時計」と書いた、たった1行の企画書を提案したエピソードは有名だ。

プロの表現者でない人が毎度、オリジナルな言語表現に頭を悩ませる必要はないだろう。でも、あまりに楽をして、お手軽な決まり文句によりかかってしまうと、ものの感じ方や思考のスタイルまで、通りいっぺんの無難な「スタンダード」に引き寄せられてしまうリスクをはらむ。

「自分の言葉で語れない」は「自分の頭で考えられない」と地続きだ。日々のやりとりに、ちょっとだけでも自分流の言葉を織り込むぐらいの工夫は、全身全霊で取り組まなくてもできるから、ちゅうちょなく始めてみてもいいかもしれない。

※「梶原しげるの「しゃべりテク」」は毎月第2、4木曜掲載です。次回は2020年3月26日の予定です。

梶原しげる 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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