“教えるプロ”になるために……野球評論家 工藤公康

有名選手でも一から資格を取得しなければ指導者になれないサッカー界にならいたい

選手から指導者への道筋が、たとえばサッカーではどうなっているかご存じでしょうか。

サッカーの指導者資格は合宿をして、指導方法のイロハからトレーニングプログラム、ケガへの備えまで学んでいます。サッカー界はライセンスが無くては指導者になれません。

私は元日本代表DFで、鹿島アントラーズ選手だった秋田豊さんと現役時代にトレーニングを一緒にさせていただいたことがあります。

秋田さんほど実績のある選手でさえ、指導者資格を得るため、オフに時間をつくって受講に出かけていました。50年後をみすえて考えているサッカー界の人たちの志の高さに、目を覚まさせられる思いがしたものです。ある意味、サッカー界は野球界を“反面教師”としてとらえていると実感したのです。

だからこそ、野球界でも本当にプロ側が高校生たち学生のレベルアップや人材育成の力になりたいと思うのであれば、指導者としてふさわしい人材を選ばなくてはいけない。誰でもオッケーで、本当に良いのでしょうか?

アマ側が門戸を開き、元プロでも高校野球の監督になれる準備が着々と整いつつある今こそ、野球界もサッカーから学び、視野を広げてスポーツ界全体から多くのことを学ぶべきときだと確信しています。

高校生を含め、子供たちに教えるということがどれだけ責任重大か。多くの子供たちが、多くのことで悩み、ケガや故障で苦しんでいるのかを、現役・OBを問わずプロ側はもっと知る必要があるのです。その上で、プロ側が汗をかけることをアマ側にプレゼンするぐらいでないと。

プロ野球選手が「オレも引退後は高校野球の監督にでもなるかな」ぐらいの甘い考えでいると、再びプロアマの関係がこじれてしまわないか。そう感じています。大事なことは、本当の意味で“教えるプロ”を育てること。野球界に課せられているのは、それだと私は思っています。

工藤公康(くどう・きみやす) 1981年度のドラフト6位で名古屋電気高(現愛工大名電高)から西武に入団。落差のあるカーブと相手打者の心理を読んだ配球を武器に、大舞台に強い左腕として西武の黄金期を支えた。生活の乱れから一時成績が落ち込んだが、食事の改善や大学教授らと連携したトレーニングで低迷から脱却。86年から2年連続日本シリーズMVP。95年ダイエー(現ソフトバンク)にフリーエージェント(FA)で移籍、捕手の城島健司(引退)を育て、99年にチームを日本一に導き「優勝請負人」と呼ばれた。2000年には2度目のFAで巨人へ。07年から横浜に移り、10年に西武に復帰。同年オフに戦力外となり、11年12月引退を表明。プロ野球29年間で224勝142敗3セーブ。最高勝率、最優秀防御率各4度など多くのタイトルに輝く。1963年5月5日生まれ、愛知県豊明市出身。日刊スポーツ評論家。
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