挑戦こそマツダの風土 独自性「極めた」クルマを追う元マツダ「ロードスター」開発主査 貴島孝雄氏(11)終

広島県三次市の自動車試験場には「飽くなき挑戦」と記したルマン優勝の記念碑がある
広島県三次市の自動車試験場には「飽くなき挑戦」と記したルマン優勝の記念碑がある

自動車メーカーのマツダに籍を置き、二人乗り小型オープンカー「ロードスター」の開発主査を務めた貴島孝雄(きじま・たかお)氏は、スポーツカーの世界では伝説的なエンジニアです。マツダを定年退職後、現在は山陽小野田市立山口東京理科大学の教授を務めています。貴島氏の「仕事人秘録」の最終回となる第11回では、スポーツカーの価値やマツダの企業風土を語ります。

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ロードスター発売目前で病に倒れる

2004年に3代目ロードスターの試作車が完成した。だが、英国で予定されていた試乗会に行く前夜、貴島氏は目まいに襲われる。「メニエール病」が発症したのだ。

船酔いになったような感じで、立つことも歩くこともできない。出発当日の朝に開発メンバーに電話で症状を説明し、行けなくなったことを伝えた。ロードスター発売を目の前にして、1カ月半も会社を休むことになった。

医者は「ストレスが原因」という。気付かない間にストレスがたまっていたのだろう。リラックスするようにとの助言に従い、電動式メディカルチェアを買って筋肉をほぐすなど、回復するために様々な手だてを施した。

幸いなことに開発はすべて計画通り進んでおり、私は自宅のパソコンでメールをやり取りし、指示を出せばよかった。ただ病気が治って出社するようになった後、しばらくは自動車を運転できなかった。

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