ひらめきブックレビュー

AIや仮想現実が生む 時空を超えて他者と共感する未来 『時間とテクノロジー』

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あすプライベートで大事な用事があるから、きょうのうちに仕事を進めておく。私たちはしばしば、こんなふうに考える。きょうの次にはあすがあるという「時間の流れ」は、生きていく上で当たり前の共通認識と言ってよいだろう。

しかし、「きょうの次はあす」という概念が、根本から覆ってしまうとしたらどうだろう。私たちの生活を支えている時間認識が変わり、それに伴って生き方や生命に対する感じ方も変わるとしたら――そんな哲学的なテーマを扱っているのが本書『時間とテクノロジー』だ。情報通信テクノロジーが進化し続ける先に、時間感覚を含む、人間の認識の大きな転換点が表れると予想している。

著者は作家・ジャーナリストとしてマルチに活躍する佐々木俊尚氏。本書では心理や経済学、文化人類学、数学理論など広範な分野から参照がなされているが、尻込みする必要はない。ユング心理学、べき乗則、オートポイエーシスといった理論も分かりやすく平易にかみ砕かれている。また、アニメ『攻殻機動隊』やドラマ『24』、映画『マグノリア』『バベル』など多数のエンターテインメント作品に触れているのも特徴だ。

■「攻殻機動隊」の世界観

情報通信テクノロジーの進化によって、人間の認識は「因果の物語」から「共時の物語」へと変わる。これが本書のメッセージだ。因果の物語とは、文字通り「ああすればこうなる」という因果関係によって物事を捉えるスタンスのこと。冒頭で示したような、過去から未来までが時系列でつながるイメージが、因果の物語を支えている。

一方、共時の物語とは著者が作った言葉で、その目指すところは、脱・因果だ。この世界は因果の物語だけでは読み解けないというスタンスで、「今この瞬間の世界」との関係で世界を認識していく。今この瞬間の世界を、同じように生きる誰か(何か)と共有する世界観、と言ってもよいだろう。

例えば、ヘッドマウントディスプレーが小型化し網膜へ埋め込まれ、使っていることも忘れるくらい没入感のある仮想現実(VR)テクノロジーが実現したとする。そこでは、つねに他者と言葉を交わし合ったり、視線を送り合ったりして時空を超えた共感が生まれるようになる。亡くなった人のかつての言葉がボットから届けられ、それにより心が揺さぶられるようになれば、過去と今、生と死、仮想と現実、人間と機械といった境もなくなるかもしれない。

つまり、共時の物語とは「今この瞬間」へ意識を向けて瞑想(めいそう)するマインドフルネスの境地のようなものだという。簡単にはつかみにくい世界観だが、『攻殻機動隊』をはじめとする優れたSF作品を見たことがある人なら、著者の言わんとすることも何となく分かるのではないだろうか。テクノロジーとともに生きざるを得ない現代の私たちにとって、大きな示唆を与えてくれる一冊だ。

今回の評者=安藤奈々
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。早大卒。

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