虐待や差別にどう向き合う 当事者意識で変わる生き方『ほんのちょっと当事者』

私の知人に、自身も車いすで生活しながら、障害者にとって住みやすいまちづくりを推進している人がいる。最近連絡を取り、その団体に寄付を申し出た。少額だが、気軽な気持ちで。なぜかというと、本書『ほんのちょっと当事者』を通じて、社会問題は身近にあり、自分にも「ちょっと」関係があると思えたからだ。「自分には関係ない」と遠ざかるわけでも、関わらなければと深刻になるわけでもない。気軽にその輪に入っていくことは、自分にとって、社会との新しい関わり方になりそうだ。

本書は、児童虐待、性暴力、障害者差別などの社会問題が、著者のトホホ体験を交えながら、深刻ぶらずに語られたものだ。誰もがほんの少しの当事者意識と関わりを持つことで、自分も他人も受け入れる「ふくよかな社会」に近づくことを伝えている。著者はフリーライターの青山ゆみこ氏。

「言葉を奪う」という虐待

たまたま家の近所であった事件で、好奇心もあって傍聴したという5年前の裁判が紹介されている。被告人はクミさん(著者による仮名)という若い女性で、容疑はネットカフェで男児を出産しそのまま殺害したというもの。著者はクミさんが裁判中、自分の言葉でなんら主張をしないことに気づく。裁判が続くうちに、クミさんは母親から心理的虐待を受けており、特に、趣味で書いた原稿を何十回も破られるなど、表現を否定されてきたことが明らかになる。

クミさんのような事件は、表面的には、定職につけずネットカフェを転々とするという「貧困の問題」と見えがちだ。だが背景に虐待の問題があったことで、著者はクミさんの問題を「わがこと」と感じる。自らもしつけに厳しく体罰もある母親との関係に悩んだことがあったためだ。だが、著者には書くことや読むことの自由はあった。もしその自由が奪われていたら……と考えずにはいられず、クミさんはその後の人生で言葉を取り戻せたのだろうかと心を痛める。著者は傍聴をきっかけに、子どもたちに「思いを表現する」ための作文教室などを開催したという。

冒頭の知人への寄付も、私自身が足を怪我(けが)し段差を越えられなかったことを思い出したことがきっかけだ。人間は誰しも困りごとを抱えて生きている。たとえ今困っていなくても、自分が経験して嫌だったりつらかったりしたことがたくさんある。自分の困りごとを改めて見つめ、それを持ち出すことが、社会との「ちょっとした」接点になるのかもしれない。

本書の各章には、虐待などの様々な問題について、具体的な支援団体のアドレスなども記載されている。現在何かに困っている人、ニュースなどで社会問題を見ても関係がないと思っている人、どちらにも社会との新しいつながり方を教えてくれるだろう。

今回の評者 = 若林智紀
情報工場エディター。元ホテルマネジャー。国際機関勤務の後、人材育成をテーマに起業。その後、ホテル運営企業にて本社人事部門と現場マネジャーを歴任。多岐にわたる業界経験を持つ。千葉県出身。東大卒。

ほんのちょっと当事者

著者 : 青山ゆみこ
出版 : ミシマ社
価格 : 1,760円 (税込み)

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