そこで欧州の現地法人と広島本社にもデザイン案を発注し、競合させた。しかし米国は販売台数が最も多く、発言権が強い。最終的に米国案に決まってしまった。デザイナーに初代のサイズを絶対に超えてはいけないと指示し、小型軽量は死守した。

欧米で2代目ロードスターがヒット

上から見るとコカ・コーラのボトルのような米国人好みのデザインの2代目ロードスターは97年に発売された。小型オープンスポーツカー市場には独BMW「Z3」や伊フィアット「バルケッタ」、トヨタ自動車「MR―S」などが次々と参入してきた。

ふたを開けてみると、2代目は米国だけでなく欧州でも好評だった。小型オープンカーの本場である欧州では当初、まがい物という目で見られた。しかし徐々に認知され、販売台数が伸びていた。英国などで2代目のデザインを思った以上に評価してくれる人が多かった。

日本では切れ目のヘッドライトなどの評判がよくなかったが、欧米のヒットで累計30万台近く売れた。3代目をつくる資金を十分に回収できた。

2代目を発売してから間もなく、上司に呼ばれ、3代目ロードスターの開発主査を若手に譲るようにと肩をたたかれた。当時はまだ52歳だった。元開発主査が再びシャシー開発の技術者に戻るわけにもいかない。進退を含めてどうするか考えていたところ、数カ月後に別の上司から呼び出された。

[日経産業新聞 2008年5月15日付]

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