ひらめきブックレビュー

グーグルを常勝チームに育てたコーチ 熱血指導の中身 『1兆ドルコーチ』

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スティーブ・ジョブズをはじめとするシリコンバレーの成功者を導いたコーチ、ビル・キャンベルが亡くなったのは2016年のことだったらしい。コーチした企業(アップル、グーグル)の時価総額は優に1兆ドル以上。そんな謎めいた人物が存在したことにまず驚き、本書『1兆ドルコーチ』を読んでさらに驚いた。ビルがテック業界のイメージー――他者を蹴落とす激しい競争の世界――とはまるで正反対の、人間味溢(あふ)れるちょっとお下品なおじさんだったからだ。

本書は伝説のコーチと称されるビルの行動原理を、80人以上の、実際に導かれた人物のインタビューを通じてまとめたもの。著者はグーグル元会長兼最高経営責任者(CEO)のエリック・シュミットらで、2014年のベストセラー『How Google Works 私たちの働き方とマネジメント』を書いたチームである。

■仕事とプライベートを分けない付き合い方

ビルはフットボールコーチとしての経歴を持ち、米国のソフトウエア企業インテュイットのCEOも務めた人物。だが経営者としてよりも「伝説のコーチ」としてシリコンバレーでは知られている。2000年ごろからスタートアップのコーチを始めるようになり、グーグル、アマゾン、アップル、フェイスブック、ツイッターなど多くの幹部に助言をし、シリコンバレー中から敬愛されている。

そんなビルのコーチングはどのようなものだったのか。ビルを知る人が共通して何度も口にするのが「愛」というから強烈だ。これは仕事への情熱の比喩ではない。仕事とプライベートを分けず、家族や感情まで含めてまるごとの存在を心から大切にすることを指した、文字通りの愛だ。

例えばビルはどんな人にも敬意をもって接し、名前を覚え、温かい言葉をかける。ジョブズががんに倒れたときには、家だろうと病院だろうと、ジョブズのいるところに毎日足を運んだそうだ。また、取締役会における新製品発表の場では拍手をして声援を送り、両手でガッツポーズをしたという。昭和日本も顔負けのウエットさである。

一方で「ビル節」は口汚く率直だったようだ。ビルがよく使う表現に「ケツから頭を引っ張り出す」がある。品があるとは言えないが、「自分のことだけにとらわれずに周りに目を向ける」という意味が込められている。常に自分以外に目を配ること、そしてチームのパフォーマンスを最大限に高めることが、ビルの行動原則だったのだ。

「幹部のコーチではなく、チームのコーチだった」と言わしめるところが、ビルのコーチングが伝説とされるゆえんだろう。コーチする相手にはどんな時でも自己本位に陥らずに、個よりも大きなもののために行動するよう促す。失敗した際も必要以上に落ち込ませず、愛情あふれるスタイルで高い視点を授け、前進させる。そのため助言を受けた人物はよりチームに尽くすようになり、チームは力を発揮できるようになるのだ。

ビルのように振る舞うのは難しいと思うだろうか。だが同僚とすれ違うとき、ちょっと立ち止まって「調子はどう? 何に取り組んでいるの?」と聞くだけでも、ビルに近づく「練習」だと本書は説く。そして何より、ページをめくればビルにハグされ背中をたたかれている気になり、読んでいるだけでも元気が出てくるのだ。

今回の評者 = 戎橋昌之
情報工場エディター。元官僚で、現在は官公庁向けコンサルタントとして働く傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。大阪府出身。東大卒。

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