「長持ち」させてくれたあの鬼教官の特訓野球評論家 工藤公康

限界ってあるんだろうか? それは自分で決めるものなのだろうか? 私はよく、思うのです。「もうダメだ」と思ってからが実はスタートなのではないか、と。ヘトヘトになり「もう動きたくない」という状態になってから遮二無二に体を動かして、やっと本当に身につくトレーニングになるような気がします。

あきらめない限り、限界はない

私は1982年、名古屋電気高(現愛工大名電高)から西武に入団しました。当時は、今では常識になっている投球後のアイシングなどはありません。肩は冷やすものではなく温めるもの。それが“常識”でした。

ましてやインナーマッスル(骨に近い体の深層部にある筋肉)、アウターマッスル(体の表面にある筋肉)をそれぞれに鍛えることもなし。今では肩周辺に限らず、体幹のトレーニングなども加え、部位ごとに鍛えるのが当たり前で、選手に応じたメニューが作成されています。

約30年前のプロ入り当初は、投手といえば、ひたすらランニングとピッチングの繰り返しでした。「壊れたら、壊れたまでだ! 来年またドラフトで生きのいい選手が入ってくるんだからな。一人前になるか、壊れて終わるかだ」とコーチに言われたことを覚えています。まさに鬼コーチでしたが、冷静になって考えてみたら「確かにそうだよな。毎年ドラフトがあるんだから」と、ふと納得してしまったのです。今、そんなことをコーチが言えば大変な問題になりかねないですよね。

今は確かに選手を大切にするようになりました。でも、それが行きすぎたらマイナスではないか、という気もします。少しでも痛みがあれば投げないし、コーチ陣も投げさせようとしない。走らないし、走らせない。

万全な状態に戻るのを待ってはじめて動き出す、投げ出すというのでは、体全体の筋肉が落ちてしまい、結局、痛みが出る前の状態に戻るまで何カ月もかかりかねません。

加えて言うなら、今はトレーニング法が多種多様になったのはいいのですが、選手もコーチも選択肢が多すぎて、何をすれば良いのか迷っているように見受けられます。だからその時々の「流行」のトレーニングに走ってしまう。

本来なら、もっとコーチが選手一人ひとりと考えを共有し、個性・特徴を見極め、投げる・走る・打つ・守るの技量を上げるという基本に立ち返って考えてみる必要があります。

体を壊さない配慮も確かに必要でしょう。でも、最終的な目標はいかにパフォーマンスを上げ、長くプレーできるようにするかということであり、そのために必要な方法を考えることの方がずっと大切だと私は考えています。

注目記事