※日経トレンディ 2020年1月号の記事を再構成

今、音楽ストリーミングサービスで絶大な支持を集めるOfficial髭男dismやあいみょん。彼らには、多くの有能な音楽プロデューサーが所属するアゲハスプリングスがプロデュースを手掛けたという共通点がある。主宰の玉井健二氏に、その組織や売れる曲の条件を聞いた。

音楽プロデューサー 兼 agehasprings主宰 玉井健二氏
音楽プロデューサー 兼 agehasprings主宰 玉井健二氏
10代からアーティスト活動を開始し、作詞・作曲・編曲家などを経て、1999年にEPIC Records Japan入社。2004年に独立し、同年クリエイターズ・ラボ「agehasprings」を設立。YUKI、中島美嘉、JUJU、AimerなどJ-POPシーンを代表する数々のアーティストのヒット曲を創出する傍ら、agehasprings代表としては蔦谷好位置、田中ユウスケ、田中隼人、百田留衣など気鋭のクリエーターを続々と発掘し世に送り出し、11年のメジャーデビュー前よりAimerのプロデュースおよびマネジメント代表を務める

アゲハスプリングスとは、どのような組織なのでしょうか。

玉井健二氏(以下、玉井氏) 例えば、自分で曲は作らないけれど魅力的なアーティストを、レコード会社などが曲を用意して売り出すとき。かつては大御所プロデューサーに依頼するか、複数の作曲家を抱える作家事務所に依頼する2つの選択肢しかありませんでした。前者はすべてを1人のカリスマ性に委ねる依存型のシステム。強いつながりが無いと、実現も簡単ではない。後者は集まった曲の判断や再構築が必要で、レコード会社の人間にも高度な音楽スキルが求められるという課題がありました。

 そこに全く新たな選択肢として、「そのアーティストやプロジェクトに最適な音像を作れる」「曲の共通の個性と呼ぶべき“哲学”を持っている」「曲のクオリティーが担保されている」という3点を網羅し、そのチームやプロジェクトを一手に担える組織があれば機能するだろうと考え、アゲハスプリングスを設立しました。

 アゲハスプリングスの哲学は、「世界基準の曲のクオリティーを追求し続けること」です。これが、実は難しい。例えば、CDを売らないといけない会社であれば、求められるのは「売れる曲」であること。必ずしも曲のクオリティーが最優先にならないわけです。かつて所属していたレコード会社から、あえて独立した理由の一つです。そのまま働いていれば、一生安泰だったのですが(笑)。

YouTubeなど動画配信サービスに加え、Spotifyなどの音楽ストリーミングサービスも普及。曲の聴かれ方は変わっています。売れる曲の「条件」は変わりますか。

玉井氏 何年か前から、これまでの方法論を変えるべきか真剣に考えています。ただ、僕が今至っている結論は、そんな時代こそ普遍的な能力が求められるということ。すぐにあらゆる曲が聴ける時代、何十万曲から選ばれる一曲は、注目を浴びるべく奇をてらったものだけではないはずだと。

 アゲハスプリングスの蔦谷好位置がプロデュースを手掛けたOfficial髭男dismが人気を集めていますが、彼らの曲も根っこは極めてオーソドックス。これは、田中ユウスケが手掛けるあいみょんも同じです。声が良いとか、曲が良いとか、言葉にしづらいけれど、2回聴いたらもっと好きになるような魅力にあふれています。

 よく女優さんに例えるのですが、必ずしも容姿や演技力だけが売れる女優の魅力ではないですよね。魅力を言葉にするのは難しい。でも、被写体として普遍的な魅力、理屈じゃなく誰かに“モテる”魅力があるわけです。これは音楽も同じ。単に良い曲や正しい曲であることだけでなく、「モテる曲」である必要があるのです。この言葉を使うほど尊敬されなくなっていくので、普段言いづらいのですが(笑)。

 例えば、「音質」を追求すれば売れるわけではない。クラシックギターをひずませて、あえて音を劣化させたロックだって世界中で聴かれています。服ならダメージジーンズもそう。「劣化させる美学」も確かにあると思っています。劣化させた音をどう混ぜるかの方が、芸が高いと感じているし、音質を追求するよりはるかに難しい。その方法論を音楽史の中の普遍的なレシピとしていくつも持っているのが、我々の強みだと思っています。

 音楽ストリーミングサービスなどの仕組み上、最初の2、3秒を聴いただけで「好き」と思ってもらえることは鉄則。ただ、これもCMソングやドラマ主題歌であることがヒット曲の条件だった時代から、実は同じだったのではないかなと。むしろ今こそ原点に返っているという意識を強く持っています。

 一方で、今はスマホで何でもあっという間に調べられる。時代の変化を感じているのはこの点です。リスナーがこれほどアーティストに詳しい時代は、今までありませんでした。曲やアーティストの背景にあるストーリーにどう共感してもらうかが大事です。

■ストリーミング時代に“モテる”ポップミュージック3カ条
1
トリッキーな曲は、何十万曲から選ばれる一曲には残らない。
今こそ原点回帰で、曲の“質”で勝負できる普遍的な魅力が必要。

2
ネットの影響で、リスナーがアーティストに最も詳しい時代
アーティストや曲の背景にある“ストーリー”への共感が必要。

3
1分聴いてもらえる前提で、曲を作れる時代は終わった。
最初の2、3秒で「続きが聴きたい」と思わせる工夫が必要。

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