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1997年11月24日、自主廃業を発表し、涙ながらに会見する山一証券の野沢正平社長(当時)

1997年11月24日、自主廃業を発表し、涙ながらに会見する山一証券の野沢正平社長(当時)

自ら勝手に「会見観察人」を名乗り、不定期でブログに記者会見観察記を公開している。締め切りもなく、書けるときに書く、書けないときは書かないという、いい加減な姿勢を貫いたおかげか、全く書かなかった年を含めれば、6年ほども続いている。

「会見観察人」として取り上げるのは、主として企業や芸能人の「失態への謝罪会見」だ。「社業がますます盛んで、営業利益もこんなに上がりました、感謝、感謝!」と、関係者一同が笑顔で勢ぞろいという感じの会見よりも、「不祥事のせいで、存亡の危機に追い込まれ、汚名返上を会見に賭ける、人々の必死さ」のほうに心が引き寄せられる。

会見場で待ち構える「意地悪な記者連中」を前にする、会見の主人公たちにとって、その命運を左右するのは、持ち前の人柄に加えて、正味のコミュニケーション能力だ。

人柄は持って生まれたものに加え、長い人生で培ったもので、そう簡単に高めようと思って高められるものではない。だが、コミュニケーション能力のほうはレベルアップの手立てがある。自らの言葉と態度(言語的・非言語的スキル)を見直し、高めることは不可能ではない。

ここでいうコミュニケーション能力とは、「スラスラ、ペラペラと話ができる」という能力ではもちろんなく、「言語、非言語を用い、上手に意思疎通を図る力」を意味する。記者会見の場合は現場の記者に加え、メディアを通じて内容に触れる視聴者・読者がコミュニケーション相手になる。要するに、「場面や相手に応じ、その時点で最もふさわしい言葉と感情表現を選択する能力」が求められる。

その観点から言えば、まずは、その辺に転がっている「常とう句」にうっかり飛びつかないことだ。失言を避けようと、第一声を「誰もが口にする謝罪の定番言葉」に頼り切るのは避けたい。現場の記者だけでなく、会見をテレビやネットで見ている人に「コイツの謝罪はマニュアル通りか」と失望を与えてしまい、信頼感を得にくくなるからだ。

例えば会見の切り出しをこんな感じで始めるのは避けたいものだ。

「このたびは世間をお騒がせすることとなり、大変申し訳ございませんでした」

直立不動で発言した後、深々と頭を下げ、5~6秒で元に戻す。そつのない謝罪ではあるが、心に残るとも思えない。そつのなさがかえって反発を招くことさえあるかもしれない。

言葉選びにも問題が残る。この言い方では、謝る理由が「世間を騒がせたという事実」になっていて、騒がせたもともとの原因には謝罪の意思を示していないとみえる。「世間って、なんだ? 真っ先に謝るべき相手は、被害を受けた消費者じゃないか。お騒がせっていうけれど、私たちは単に騒いでいるわけじゃない。怒ってるんだよ!」。このような反発を買うリスクは小さくない。つまり、この決まり文句は「謝っていない」のだ。

型通りの「定番」的表現は、会場の記者や、メディアを通じて見ている人たちに、謝罪当事者が示す誠意のレベルや真剣味に関して、不信感を与えるおそれがある。その意味からいえば、「ご迷惑とご心配をおかけし~」という決まり文句も、謝罪会見では避けるべきだろう。

「ご迷惑」をかけたことはそのとおりだからいいとして、「ご心配」はどうか。事態を本気で「心配」するのは、直接の利害関係が生じる企業や、所属する事務所、熱心なファンなど、謝罪者の身内ぐらいのものかもしれない。「ご心配」を口にしてしまうと、「誰に向かって謝っているのか」という、別の批判を呼び覚ましかねない。「ご迷惑とご心配」をワンセットの決まり文句と思い込まず、ケース・バイ・ケースで言葉を吟味して使うのが、別の批判を招かないコミュニケーション能力だともいえそうだ。

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