全国の刑務所から反響の手紙が届くというドキュメンタリー「半グレをつくった男」。元・半グレとして贖罪(しょくざい)の日々を送るワン・ナンさんが新たな人生に向かうところで終わるかと思いきや、最後に「ベイブリッジから人を落としたことがある」と告白するシーンを配置した効果とは?
人の心を動かすアイデアを生み出し、効果的に伝えるには? 現役テレビ番組制作者の技術論に迫る本連載。聞き手はNHK『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズなどを企画・制作するNHKエデュケーショナルの佐々木健一氏。今回のゲストは、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』のチーフプロデューサーを務める西村陽次郎氏。これまでに手がけた番組から、こだわりの仕事論に迫る(全4回の最終回)。
刑務所から手紙殺到!「半グレをつくった男」
西村 陽次郎(以下、西村) 今、全国の刑務所から僕のところに手紙が届くんですよ。刑務所でも『ザ・ノンフィクション』は見ることができるんですって。
佐々木 健一(以下、佐々木) へー、すごい! 『ザ・ノンフィクション』「半グレをつくった男~償いの日々…そして結婚~」(2019年9月22日放送)の反響が、全国の刑務所にまで広がっているんですね。
西村 はい。「話題、沸騰でした~」とかって。「本を送ってほしいから、ワン・ナンさんに手紙を渡してほしい」とか。
佐々木 企画したのは西村さん?
西村 そうです。7月末に『実録スクープ!その時、裁判官は言った』(2019年7月27日放送)という、裁判官の説諭をテーマにした特番があって、その番組にフリーの髙橋麻樹ディレクターを送り込んで、「半グレをつくった男」の主人公、ワン・ナンさんの取材をしてもらったんです。10分ほどのコーナーで彼を取り上げて「ワン・ナンさんは面白い。『ザ・ノンフィクション』で取り上げよう」と思い立ったんです。
佐々木 半グレをつくったワン・ナンさんですが、もともとはすごく頭のいい人なんですよね? お父さんはお医者さんで。
西村 そう、インテリなんです。だって、刑務所で本を3000冊読んだんですよ。すごいです。「この人は傑物だ」と思って、センセーショナルな人ではありますけど、ドキュメンタリーとしてなかなかない題材だし、取り上げることに意味があると思いました。それで、「とりあえず、ワン・ナンさんを2カ月間、追っ掛けよう!」とディレクターに伝えて。
佐々木 撮影期間が2カ月? そんなに長くないのにめちゃくちゃ撮れていましたね。
西村 一番のシーンは、ワン・ナンさんの事務所のお金を持ち逃げした「ワタル」が隠れているところに出くわすシーン。
佐々木 あれはすごいシーンでした……。
西村 はい。もう1つは元・半グレとして贖罪の日々を送るワン・ナンさんが結婚するという人生の転機を撮影できたこと。
西村 たった2カ月しか取材していないのに、こんなシーンが2つも撮影できるなんて、ドキュメンタリストにとっては奇跡のようなものですよね。
放送後に書かれた「半グレをつくった男」の決意
佐々木 あの番組は構成も巧みで、結婚の話が出てくるのが、番組の真ん中より前ぐらいなんです。普通は結婚の話がゴールになるかと思うんですが、「番組の後半はどういう展開になるんだろう?」と思って見ていたら、「ワタル」という男に事務所の金を持ち逃げされた話が出てきて、そのワタル本人に出くわすという衝撃の展開に……。
西村 普通、盗んだ本人に会うシーンなんて撮れないですよね。
佐々木 「あっ、これはワタル、ぶん殴られるな」とハラハラするシーンがあって、でも、ワン・ナンさんは「しょうがないな」みたいなことを言って殴らない。番組の冒頭に、半グレ時代の話として「人の腕を切った」という話をしていた人が……。
西村 そうそう。
西村 実は、あの話には続きがあるんですよ。ワタル、また20万円盗んで消えました(笑)。
佐々木 マジですか!?
西村 でも、そういうことに対してワン・ナンさんはFacebookで、「なぜ、彼をあの時、殴らなかったか」も含めて文章を書いているんです。すごいですよ。僕は感動的な文章だと思いました。1人の人間の決意だと。「俺はもう絶対、悪いことをしたり、人を殴ったり、絶対にしないんだ」と。それは、「社会に許されたいから。だからあの時、殴らなかったのは自分の問題として捉えたんだ」と。「ここで自分はどう対応する人間になれるのかということだけを考えた」ということを延々とつづっていたんです。
佐々木 すごいですね。僕がさらにうなったのは、番組のラストです。過去と決別して新たな人生を生きる現在のワン・ナンさんをしっかりと見せた後、最後にまた「ベイブリッジから人を落としたことがある」と告白するシーンを見せた。
西村 あのシーンは、ディレクターと編集マンを褒めてあげてください。僕がディレクターだったら、番組最後にあのシーンを置く感覚はなかったかもしれない。
佐々木 うならされました。いい話が展開する中で、最後どういうふうに終わるのかと思っていたら、またギョッとする話が出てくる。それで、ワン・ナンさんが一生背負っていく過去を視聴者に再び思い出させる構成になっている。
西村 はい、あのラストはすばらしいと思いました。構成ですよね。最後に何をぶつけるかという。
異色の経歴!銀行マンからテレビマンへ
佐々木 異色の経歴と言えば、西村さんの過去も一風変わっていますよね?
西村 僕が就職活動をしていたころは就職氷河期だったんですけど、どうしてもテレビ局で番組を作りたかったんです。でも、採用されなかったので、最初は富士銀行(現みずほ銀行)に入ったんです。会社にいたのは、10カ月だけですけど(笑)。就職氷河期に10カ月で辞めるなんて、なかなか斬新ですよね。だって、就職人気企業ランキングでも富士銀行は当時かなり上位でしたし……。
佐々木 銀行をすぐに辞めたのは、やっぱりテレビの世界がいいと?
西村 半年間ものすごく悩んで。でも、テレビ局に入れるとは思っていなかったんです。でも、2度目となったフジテレビの採用面接では「富士銀行を辞めた変なヤツがいる」と……。
佐々木 それが評判になって?
西村 そうです。それで、2年遅れだったんですけど、新卒扱いで今の会社(フジテレビ)に拾ってもらったんです。
佐々木 異色の番組を作り続ける“こじらせP”は、経歴も異色だったんですね。
(構成:佐々木 健一、人物写真/的野 弘路)