ひらめきブックレビュー

米アニメ研究の大家が分析 トトロが「闇」を描く理由 『ミヤザキワールド‐宮崎駿の闇と光‐』

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1988年にアニメ映画「となりのトトロ」が公開されたとき、私は3歳だった。ちょうど幼少期に重なったこともあり、その後何十回も繰り返し見たこの映画で描かれた世界は、心の原風景のようになっている。きっと同様の経験をした方も多いだろう。

大人になってからも宮崎駿監督の作品を鑑賞してきたが、徐々に失われた子ども時代を懐かしむ感覚も増してきた。その中には、「トトロが見える」サツキやメイのように純真無垢(むく)な子どもたちがあまりにまぶしくて、気後れするような気持ちさえあった。

本書『ミヤザキワールド‐宮崎駿の闇と光‐』(仲達志訳)を読み、ミヤザキ作品の世界に対してそうした「まぶしさ」を感じる理由が理解できた。本書は宮崎駿監督の歩んできた人生と作品・キャラクターとのつながりを探りながら、ミヤザキ作品の世界をより深く理解しようとしたもの。宮崎駿監督や関係者へのインタビューをはじめ、膨大な日本語・欧文文献を読み解き、ミヤザキ作品に潜む複雑な魅力の正体に迫っている。

著者は、アメリカ・タフツ大学教授でミヤザキ作品をテーマにする人気ゼミを主宰するスーザン・ネイピア氏。

■戦時中の異様な体験が落とす影

著者が注目するのが、ミヤザキ作品の持つ「闇」と「光」の存在だ。人間の醜さや社会の腐敗、自然環境の破壊といったテーマと、生きる喜びや美しさ、寛容さや希望というテーマを混在させることで複雑で多面的な世界観を描き出している、という点である。

ミヤザキ作品がもつ「闇の部分」には、宮崎監督自身が体験した第2次世界大戦が大きく関係しているようだ。たとえば本書にはこんなエピソードが紹介されている。宮崎監督が4歳半の頃、住んでいた地域で米軍の空襲があった。宮崎監督とその家族は小さな車に乗って火の中を逃げたのだが、近隣に住む母親が子どもを連れて「乗せてください」と駆け寄ってきたという。だが宮崎監督を乗せた車はそのまま走り去った。宮崎監督は、自分たち家族が母子を見捨てたこと、さらには自分が親に「車を止めてくれ」と言えなかったことを、のちのちまで後悔しているという。

このような状況下で「車を止めてくれ」と言える4歳の子どもがいたら、結末が変わるはずだ――という宮崎監督の思いが動機となり、ミヤザキ作品には「良心の声」にしたがい行動する、無垢で責任感のある子どもが登場するのだと著者は読み解いている。たしかに『天空の城ラピュタ』のパズーとシータ、『トトロ』のサツキ、『崖の上のポニョ』の宗介といった子どもたちは、皆幼いのに驚くほど大人びた責任の引き受け方をしている。これらのキャラクターたちは、いわば宮崎監督の個人的トラウマを反転し、昇華させたものであり、現実にはあり得ないほど理想的だからこそ、まぶしさを放っているのだ。

本書は他にも、『風の谷のナウシカ』『魔女の宅急便』『風立ちぬ』など12作品に触れながら、「光」と「闇」がせめぎ合う独特の深淵な「ミヤザキワールド」を読み解いている。本書を読めばいっそう、ミヤザキ作品の「複雑で多面的な世界」を味わえることだろう。

今回の評者 = 皆本類
情報工場エディター。女性誌のインタビューから経済誌の書評欄まで、幅広いテーマの取材・執筆に携わる。近年は、広告・PRプランナーとして消費者インサイトの発掘や地方若者議会の「広報力養成講座」の講師も。

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